曖昧な引力

 

 

 

 

 

 

 

 

   ・・ピチャン・・ピチャン・・ピチャン・・ピチャン・・

 

 

   風呂場の蛇口が壊れているらしく水が滴る音が聞こえてくる。

   暫く規則正しく垂れていたかと思うと急に間隔が空いたりもする。

 

 

   ・・ピチャン・・ピチャン・・・・・・・・・・・ピチャン・・ピチャン・・ピチャン・・

 

 

   小さな音なのに一度気になりだすとこういった音は耳について仕方無い。

   ずっと同じ間隔ならまだしもふいに変わると苛ついてくる。

   三蔵は布団を跳ね除け起き上がった。

   テーブルの煙草を取り火を点けた後、乱暴にそれらを置いた。

 

   「・・・眠くねぇの?」

 

   「眠い」

 

   身体は休ませてくれと訴えている。

   

   「ンじゃどーしたのよ?」

 

   「水の音がうるせぇ。何とかしろ」

 

   「・・・・・・ああ、アレね。壊れてンだから仕方ねぇだろ。耳栓でもしてれば?」

 

   「んなモン邪魔くさくて余計眠れねぇ」

 

   「じゃ布団頭から被ってれば?」

 

   「息苦しい」

 

   「じゃどーすりゃいいの」

 

   「・・・・喋ってろ」

 

   三蔵は煙草を消し悟浄に背を向け横になった。

 

   「っとに我侭なヤツね、アンタって」

 

   「声が小せぇ」

 

   「あのなぁ、今何時だと思ってンの?他の客に迷惑でしょーが」

 

   悟浄はそう言うと自分のベッドから出て三蔵の隣に入った。

 

   「ウゼェ」

 

   「ハイハイ、文句言わない。眠れねぇよりマシっしょ」

 

   悟浄は肘を立て掌で自分の頭を支えた。

   少し高いところから話す悟浄の声が落ちるように三蔵の耳に入る。

 

   「そいつはいらん」

 

   「狭いンだから置き場所がねぇの」

 

   悟浄の腕が三蔵の腰に後ろから回っていた。

   感情が跳ね除けろと言う。

   身体は動きたくないと言う。

   三蔵はどちらを取るか迷ったが身体の言うことを取った。

 

   「で、何の話すりゃいいの?」

 

   「何でもいい」

 

   「何でもいいって言われてもなぁ。そーいやこないだの街でさ、アンタも見ただろ?」

 

   「返事すんのは面倒くせぇ」

 

   「・・どこまで我侭なのよ・・・・・。九九でも唱えてろってか?」

 

   溜息をつきつつも悟浄は静かに話し出した。

   まだ皆に出逢う前の話、八戒と同居していた頃の話、三蔵と悟空に出逢ってからの話・・・・・。

   話の内容は重要では無い。

   暫く話すと少し間を置いた。

   三蔵は「聞いてる」と答える。

   また悟浄が話し出す。

   何度目かで三蔵は声の替わりに頷くだけにした。

   また悟浄が話し出す。

 

 

   ・・ピチャン・・でな、そン時な・・ピチャン・・ピチャン・・

 

 

   未だ水の滴る音は続いている。

   悟浄の話の僅かな合間を縫うように入り込んでその存在を主張する。

   

 

   ・・ピチャン・・ピチャン・・ピチャン・・

 

 

   背後に悟浄の体温を、耳にその声を感じつつ眠りにつこうとする自分を嘲笑うかの如く滴り続ける。

   

 

   ・・・・・もうヒデェの何のって。頭ガンガン鳴り響いてンのによ、八戒ときたらにこやかに掃除機なんかかけだすんだぜ・・・・・

 

 

   低く穏やかな悟浄の声がすぐ傍で眠りに誘う。

 

 

 

 

 

   ・・ピチャン・・ピチャン・・ピチャン・・      ―――今の自分を見てみろよ―――

 

 

   一滴一滴が嗤う。

 

 

   ・・・・・悟空っていやぁ、あいつな・・・・       ―――眠ってしまえ―――

 

 

   一語一語が誘う。

 

 

   

 

 

 

   張り合うことに疲れたかやがて相反する二つの音は一つの音となった。

   三蔵は沈んでゆく。

   暖かく心地よい深い眠りの淵から中心へと。

 

 

 

 

 

 

 

   最後に聴いたのは悟浄の声だったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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