― 証 ―






買出しに出た三人の内、悟浄一人だけ先に宿へと戻ってきた。
その両腕には、ずっしりと重い紙袋を抱えている。
中身は、缶詰や乾物など日持ちのする食料が殆どだ。
地図によれば、この先数日間は人里は望めそうもない。
その為に大量の買出しを余儀なくされたのだった。
両腕に荷物を抱えたまま、それを床に置くこと無く、器用に悟浄は扉を開けた。
部屋の中には、窓際のテーブルに人影が一つ。
言うまでもなく、留守番担当の三蔵である。
三蔵はちらりと悟浄に目を走らせただけで、立ち上がりはしなかった。
手伝おうという気持ちは、さらさら無いようだ。

「あとの二人はどうした」
「まだ買い物中」

荷物を置き、やっと空いた手で悟浄は煙草を取り出した。
三蔵の向かいの椅子に浅く腰掛け背もたれに寄りかかる。
天井に向けて吸い込んだ煙を大きく吐き出すと、真っ青な空が目の端に映った。
昼を少し過ぎたばかりの空には、眩しい太陽が我が物顔で鎮座している。

「天気はいいのに大して暑くはねえよな」
「過ごしやすくて何よりじゃねえか」

確かに三蔵の言う通りである。
それでも、と悟浄は思う。
文句を言いつつも、やはり夏は暑い方がいい。
涼しい夏など味気ない事この上ない。

「夏はだらだら汗かいてビール飲むのが美味いんじゃねえの」
「そんなにかきたきゃそこら辺走って来い」
「んな健康的なのより、真っ昼間から閉め切った部屋の中で淫らな事する方法が好み」

悟浄は輪の形に煙を吐き出し、更に続けた。

「ど? 付き合わね? 新しい世界が開けるかもよ?」

一つ、二つ、三つ連続で等間隔に輪を作り、最後の輪に悟浄は指を通した。
通した指を軽く回すと、白い輪は広がりながら崩れていった。
三蔵からは何の反応もないが、元々期待していない。
あれば多少の暇つぶしが出来る程度の事である。
吸い終えた煙草を消し、すぐさま次のに火を点けた。
喫煙も暇つぶしの一種と言える。

「いつまでそうやって誤魔化すつもりだ?」

返ってこないと思っていた反応は、意外な台詞だった。
悟浄は、吸い込んだままだった煙を吐き出した。
今度は輪の形にはしない。

「何の事?」
「すっとぼけるんじゃねえよ」

三蔵は怒っているようにも楽しんでいるようにも見えない。
また悟浄は、煙で輪を作り始めた。
一つ、二つ、だが三つ目は失敗した。
八戒と悟空の帰ってくる気配はまだ無い。

「マジで言ったら困るんじゃねえの?」

あくまでも声のトーンは軽いままで言う。
そして、煙草を大きく吸った。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ連続達成。
今日の新記録だ。

「どっちがだ? 俺か? てめぇか?」

見ると、三蔵は細切れに煙を吐いていた。
どうやら暇なのは三蔵も同じのようだ。
暇つぶしに絡んでいるといったところだろう。
まったくもって傍迷惑な暇のつぶし方である。
ではあるが、丁度いい機会かも知れない、と悟浄は思った。
知っているのと知っているつもりでいるのとでは大きな違いがある。

「オレ。いつまで、って訊いたよな? 答えは旅が終わるまで」
「随分気が長え話だな」
「やっぱ御褒美あった方が命張る甲斐も増すってもんでしょ」
「それまでに気が変わるかも知れんしな」
「誰が? オレ? それともアンタ? 言っとくけどこう見えてオレ結構一途よ?」

三蔵がずずずと音を立ててお茶を飲んだ。
明らかに信用していないという顔付きだった。
もっとも、悟浄自身過去の自分からは想像もしていなかっただけに、そう思われたとしても無理もない。
だが、それを言うなら三蔵とて似たようなものだろう。

「つかアンタは何も言ってくんねえの?」
「分かってんなら必要ねえだろうが」
「分かってても聞いときたいだろ。ケチ坊主」

悟浄が短くなった煙草を揉み消したところで窓の外から悟空の声が聞こえてきた。
思ったよりも早かったが、大きな意味があった時間だった。
今まで互いに自分の気持ちを口にした事は無かった。
それでも気付いていた。
その気持ちは決して一方通行ではない事に。
今、互いに確認し合ったからといってこれから何が変わる訳でもない。
恐らく、これまでと同じように旅を続けるだろう。
全ては旅を終えてから、生きて旅を終えた時に始まる。
近付いてくる悟空の声を聞きながら、悟浄はテーブルの上の煙草に手を伸ばした。
だが、その手は届く前に別の手に掴まれた。
掴まれた手から視線を上げると、三蔵の顔が近付いてくる。
首を引き寄せられる。
目を瞑る暇も無かった。

「言葉よりこっちの方が好みだろ」

残っていたお茶を三蔵が飲み干した。
悟空の声は、もう廊下まで来ている。
悟浄は、先刻取り損ねた煙草を掴んだ。
一口吸う。
美味い煙草だった。
「たっだいまー」の声と同時に扉が開いた。

「珍しい。二人とも随分と静かじゃないですか。何してたんですか?」

大きな紙袋の上から八戒のモノクルが覗いている。

「んー、ちょっとした約束」
「約束? 一体何の?」
「いつか三蔵をひーひー言わせてやるってな」
「・・・何だかよく分かりませんが、それ、貴方が言う方にならないといいですね」

紙袋を探っていた悟空が包みを取り出す。

「三蔵、薄皮饅頭食う?」
「食う。八戒、茶」
「はい。ちょっと待っててください」

早くも包みを開けて悟空が食べ始める。
それを三蔵がまるで犬にでも言うように「待て」と叱る。
いつもと変わらず騒々しい。














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