朝が来るたび
目覚ましの音が鳴っている。
三蔵は布団の中から手を伸ばしスイッチを押した。
スヌース機能で五分後にはまた鳴り響くだろう。
この五分の間に毎朝三蔵は同じ事を思う。
―――今まだ深夜の悟浄は眠れているだろうか―――
ベッドが広い。
長身の悟浄のせいで狭く感じていた頃が懐かしく思える程一人の夜を過ごしてきた。
なのに片側で眠る癖は抜けていない。
不規則な仕事の悟浄は深夜や朝方の帰宅、ロケで帰らないという事も多かったが、
それでも一緒に暮らし始めて僅かな期間でその癖はついた。
二度目の目覚ましの音が鳴った。
三蔵は大元のスイッチを押し次は鳴らないようにしてから起き上がりリビングに移動した。
悟浄とは正反対に三蔵の仕事は定時出勤だ。
仕事内容も被写体や他スタッフ等いつも周りに人がいる状況の悟浄とは違い、
三蔵はクライアントとの打ち合わせ、上司への報告以外ほぼ一人の作業が続く。
勿論、社内には他にも社員はいるが共同作業は滅多に無い。
営業が取ってきた依頼内容に応じて上司が担当を決め、担当者とクライアントで話を詰める。
その後トラブルが無ければ報告のみで淡々と一人でPCに向かう。
口数もそう多くは無く作り笑いの一つも出来ない自分にはこの仕事が合っていると三蔵は思う。
目覚めの一本を吸い終えカーテンを開けると眩しいほどに晴れていた。
身支度を終え三蔵は家を出た。
マンションから出る時、郵便受けが目に入った。
不定期に送られて来る風景写真。
この間届いたのはいつだったか。
電話が掛かってきた事は無い。
その方がいい。
手紙は留守だろうが届く。
比べ電話はこちらが取らなければ受けれない。
いつ鳴るとも知れない電話の前で待つなどしたくない。
駅までの道のりを三蔵はそんな事を考えながら歩いた。
今日はクライアントとの最終打ち合わせが午後にある。
ほぼ決まっているが気は抜けない。
どんな内容でも一度たりとも途中で降ろされた事が無い。
三蔵は気を引き締め電車に乗り込んだ。
******
無事打ち合わせが終わり上司に電話で報告するとその足での直帰を許された。
最近の残業続きを思っての事だろう。
早々に帰宅出来たとしても何もすることは無いが、それでもまだ陽のある内に帰るのは久し振りで悪い気はしなかった。
夕陽を見たのは何日振りだろうか、とゆっくりと歩く三蔵の前に一台のタクシーが止まった。
100メートルほど離れている。
タクシーから降りてきたのは大きな荷物を持った長身の男だった。
三蔵は歩調を変える事なく歩いた。
視力が悪い三蔵はしばしば物を見間違える。
今回も見間違いかも知れない。
だが一方で自分があの男を見間違う筈がないという事も三蔵は知っていた。
長身の男もゆっくり歩いていた。
丁度マンションの前で向かい合った。
「・・・いつもより帰りが早くねぇ?」
「・・てめぇは遅かったな」
約一年振りの互いの第一声がこれだった。
出発当日、悟浄が言おうとして遮った言葉があった。
あの日は聞きたくなかった。
まるで最期の言葉のようではないか。
三蔵は遮ったあの日から、悟浄が帰ってきた時には自分から伝えようと思っていた。
まだ夕陽の差し込むリビングで荷物を置いた悟浄が立ったまま口を開きかけた。
三蔵はそれを自分の唇で塞いだ。
悟浄に先に言わせたくない、と思っての咄嗟の行為だった。
だがすぐに深いものに変わってしまい本来の目的を見失った。
ジャケットが脱がされYシャツのボタンに悟浄の指がかかる。
Yシャツのボタンというものは総じて外しづらい。
焦れた悟浄によってちぎれたボタンが床の上を転がっていく音が聞こえた。
三蔵は悟浄のTシャツに手をかけ引っ張り上げた。
真っ黒に灼けた肌が離れていた時間の長さを物語っていた。
寝室に移動する時間も惜しみそのまま床の上に縺れるように倒れ込んだ。
あとは共に言葉など発する余裕が無かった。
言うべきタイミングを失った二人の言葉が宙を彷徨っている。
たった五文字の言葉が言えない。
そして朝が来るたび思うのだ。
―――今日こそは―――