長い長い眠りからやっと目が覚めた。
凝り固まった身体を何とか動かし、何を置いてもまず隣にいる筈の男を確認する。
今年は自分が先だったらしくまだ眠っている。
だが自分が起きたとなればこの男も直に目が覚めるだろう。
その時の為に手を絡ませ見逃さぬ様そちらを向く。
どちらが先に目覚めても同じことをする。
もう何年も繰り返してきた儀式だった。
窓の外の桜は例年通り満開だった。
ceremony
悟浄と三蔵が奇妙な病にかかったのは数年前のことだった。
同じ病にかかっているのは二人だけでは無いらしいが原因も治療方法も今もって判明していない。
その病とは
『一年の内桜の満開時3日間だけ起き、後の362日は眠る』
というものだった。
正確に言うと眠っている訳では無かった。
脳は起きており考えることも出来るし、耳もその機能を果たし聞こえている。
だが目は開かず、話せず、身体は指一本自身の力で動かす事は出来ない。
他者からは眠っているようにしか見えない為、一般的に『眠る』という言葉が使われていた。
多少の時間のずれはあっても毎年悟浄と三蔵は同じ日に目が覚める。
今年先に目覚めた悟浄は三蔵の横顔を眺め続けた。
約一年振りに見る三蔵の顔。
瞬きする時間さえ惜しいと思った。
三蔵の紫瞳が徐々に現われる。
この時が悟浄の一番好きな時間だった。
三蔵も悟浄と同じくまず隣を確認する。
二人共まだ自分のものとは思えぬ程ぎこちない身体をゆっくり動かし抱き締め合う。
そして眠る前に覚え込んでおいた感触と違わぬ事を噛み締める。
それは毎年繰り返される儀式だった。
僅か3日。
時間にして72時間。
分にして4320分。
秒にして259200秒。
二人はこの短い時間を片時も離れず過ごす。
どこかへ出掛けるでも無く、特別なことをするでも無く、
共にただ青空と太陽、夜空の月と星を眺め、雨が降ればその匂いと空気を感じて過ごした。
そうして3日はあっという間に過ぎ、起きていられる最後の夜がやってくる。
「そろそろ、だな」
「ああ」
開け放った窓の傍に置かれたベッドの上でまた来年目覚めるまで忘れぬ様、悟浄は三蔵に触れてゆく。
髪を撫で唇で触れる。
その指先と唇は額、瞼、こめかみ、頬と降りてゆき首筋までくると右の鎖骨、腕、手、指を辿り、
また胸元まで戻る。
肉付きの薄い三蔵の肋骨一本一本をなぞり腰から脚、つま先へと更に降りる。
右が終わると今度は左を逆の順で触れてゆく。
一通り三蔵の前半身をなぞり終えると俯せにする。
同じように後半身も指先と唇で覚えてゆく。
くっきり浮き出る二つの肩甲骨も、細い腰も全て。
それは毎年繰り返される儀式だった。
この病にかかる前なら良くて怒声、悪ければ蹴り落としていたであろう三蔵は何も言わない。
三蔵もまた、触れられる事によって自分を覚え込んでいる為だと悟浄は知っていた。
はやる身体と惜しむ気持ちが複雑に入り乱れる中で、
悟浄は三蔵の中に少しずつ自身を埋め込んでゆく。
苦痛に顔を歪ませる三蔵の耳元で自分の名を呼ぶよう囁く。
悟浄も三蔵の名を呼ぶ。
互いの声で覚えておくのは自分の名を呼ぶ声だけでいい。
やがて苦痛しか感じていなかった三蔵の様子が変わると悟浄は動き始める。
風が吹き桜の花びらが部屋の中にも舞い込んで来た。
汗ばむ二人の身体にも貼り付く。
月明かりと薄桃色の花びらと三蔵の姿を悟浄は目に焼き付ける。
三蔵の悟浄の名を呼ぶ声が一段と強くなる。
悟浄も応える。
最後の瞬間は共に目を開けたまま迎えた。
残された時間は極々僅か。
二人は最後の煙草を吸う。
起きたての一日目に吸う煙草は一年振りに体内を廻るニコチンでくらくらするがこの頃には慣れてきている。
自分のと、相手のと、味や匂いの違いも判る。
最後の一本は自分のではない煙草を吸うことにしていた。
最後の最後まで相手を覚えておく為に。
それは毎年繰り返される儀式だった。
吸い終えると並んで横たわる。
本当に眠っていられるのならば数時間でも362日でも同じ事だ。
だがこの病は脳は起きている。
故に『眠っている』と言われる当人達は時間の流れを感じている。
362日は362日。
時間にして8688時間。
分にして521280分。
秒にして31276800秒。
やがて二人は長い長い眠りにつく。
まだ散り終えていない今年の桜が、また来年咲き誇るまで。
fin