いつの日か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の眩む光のすぐ後に爆音が轟いた。

光った後間を置かずの大音量で雷が近い事を知る。

ばらばらと屋根を叩く雨の音がザーッという音に変わった。

ここまで降るともう雨というより滝に近く、潔い。

だが眠る事は出来そうもなかった。

この光と音のせいだけでは無い不眠の原因もいっそ流れてしまえと三蔵は念じた。

邪魔なものは全て排除してきた筈が一番手に負えない邪魔なものは自分自身の中にある。

自分の感情などどうにでもコントロール出来るとタカを括っていたのが間違いだった。

窓も開け、跳ね返る飛沫を被りながら一層強く念じた。

 

 

 

 

 

 

 

「滝に打たれる修行のつもりってか?」

 

 

 

後ろに悟浄が立っていた。

いつの間に、と顔に出ていたのだろう、「一応ノックはしたからな」と返ってきた。

この雨と雷でノックの音など聞こえる筈も無い。

それでも気配にすら気付かなかった自分が悔しく三蔵は舌打ちをした。

追い出そうと振り向きかけたが、共に旅している状況で今離れたとして何の意味がある、と思い直した。

明日になればまた顔を付き合わせることになるのに。

 

窓に向き直った三蔵に悟浄が後ろから手を伸ばした。

左腕を腰に廻し右腕は左肩に、緩いがしっかり掴んでいる。

流石に人前ではしないが二人きりになった時は偶に悟浄はこういった事をする。

その時の三蔵の不機嫌度、気力体力の残り具合により振り払われる事もあり暫しされるがままの事もあった。

今夜の三蔵に悟浄を振り払う気力は無かった。

 

「いっつも何やってんだ、てめぇは」

 

溜息を付きつつ三蔵は悟浄に聞いた。

 

「確かめてンの」

 

「何を」

 

「アンタが此処にいるってコト」

 

「その目は腐れてんのか?」

 

「目に見えるモンだけじゃ信用出来ねーの、オレは」

 

大事なものも不要なものも、それらが真実であればある程目には見えない。

だからこそ掴み続けること、切り捨てることは容易では無いのだ。

 

 

 

 

「ダイジョーブ、アンタの前に立つ気はねーから。気にしないで修行でも何でもシてて?」

 

「貴様ごときに前に立たれてたまるか」

 

 

 

 

 

 

 

光と音の間隔が次第に空き、遠ざかってゆく雷が見えるようになってきた。

空間を引き裂くように走る稲妻に魅入られる。

あの稲妻に打たれればこの感情も切裂いてくれるだろうか、と

一瞬過ぎった愚かな考えを三蔵は即打ち消した。

感情どころか身体まで切裂かれる。

 

 

 

 

 

 

 

雷は遠ざかっても雨は依然滝のように降り続いている。

そして悟浄の腕はまだ離れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまでこうしてるつもりだ?」

 

「もう少し」

 

「全く『エロ河童』の名が廃るぞ、」

 

『女好き』が野郎にへばりついてるなんざ、と言う前に三蔵は首筋に生温かいものを感じた。

片眉を上げそちらに少し首を廻すと、

 

「お誘いされたのかと思って」

 

と言う悟浄の顔は笑っていなかった。

 

 

 

 

 

この男のムカつく処など即座に幾つでも上げられる。

好きか嫌いかと問われれば嫌いだと即答出来る自信もある。

なのに何故。

考えても何一つ三蔵は思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

「だとしたら?」

 

三蔵の予想外の言葉に一瞬目を見開いた後、悟浄が口付けてきた。

以前月の毒を浴びた夜のとは違い激しいものだった。

髪から垂れる雫と新たに被る飛沫とで呼吸がしづらくなり、

僅かに開いた三蔵の唇の隙間を逃さず進入してきた悟浄の舌の動きはしなやかだった。

 

 

 

 

 

 

流すことが出来ぬのなら呑み込んでしまうまでだ、と三蔵は腹を括った。

 

 

 

 

 

 

悟浄の首に廻した腕から袂の中を通って脇へと雫が伝う感触に、

 

「・・・気持ち悪ィ」

 

と唇が離れた途端三蔵が呟いた。

 

 

 

 

「・・・・キスして『気持ち悪ィ』って・・・・・・・ヒドくねぇ?・・・・・・・・・・・」

 

そうとしか取れないタイミングでの三蔵の言葉に悟浄が萎れてゆく様子が有々と窺える。

同時に訂正しようと思った三蔵の気持ちも萎れていった。

つつっと流れる雫の心地悪さも持て余していた感情も、情けない悟浄の顔を見ればどうでも良くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訂正してこの男を喜ばすことはない。

まして呑み込んだ感情を伝えることなどせずとも。

いつか必ず気付くだろう。

否、もう既に気付いているのか。

どちらにしろ、ただ見続けるこの男がその腕と掌を拡げる時に見せる顔は少々楽しみだ、と三蔵は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつしか雷は止み、稲妻によって引き裂かれた筈の空間も繋がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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