かくも稀な夜なれば








食堂での夕食を終え、静かに休みたい三蔵は八戒を同室者に選んだ。
これまでの経験から言えば、それは正しい選択だった。
間違いだったと気付いたのは、部屋に入った八戒が「・・・ふふふ」と不気味な笑いを洩らしてからだ。
ぎょっとして振り向けば、「三蔵って変態ですよね」ときた。


「ああ言い間違えました。変態じゃなく変人です」

「どっちにしろ褒め言葉には聞こえねえな」

「でも『変わってますよね』と言い替えれば、何だか謎めいて魅力的に聞こえません?
 “変わってる人”も“変人”も同じ意味なのに。
 それに『他の人と同じですね』って言われた方が腹が立ちませんか?
 まるで居ても居なくてもどっちでもいいみたいで。
 まあ立ち話もなんですから座って下さい」

「・・・寝てえんだが」

「僕とは話したくない、と?」


そう言われて『そうだ』と答えられる人間が一体どれほどいるだろう。
否、これが悟空や悟浄であったなら何の苦労も要らない。
あっさり無視だ。
だがしかし、今目の前にいるのは、そのどちらでもなく八戒である。
三蔵は、手招きするベッドから離れ、椅子に腰を下ろした。
殊更ゆっくりとした動作で煙草に火を点ける。


「今日襲ってきた妖怪の中に、靴を左右反対に履いてたのがいましてね」


肺の奥まで吸い込んだ煙を吐き出すと、それを合図にしたかのように八戒が話し出した。


「それが物凄く気になっちゃって、倒す前に一言言ってやろうと思ったんです」


変人の話はどこにいったのだろう。
訊こうかと思ったが、これから繋がるのかも知れないと思い直し、三蔵は黙ったままでいた。


「それなのに、僕が言う前に悟淨が倒しちゃったんですよ。あんまりだと思いませんか?」


全く思わない。
そして、いつこの話は変人に繋がるのだ。
短気を自認している三蔵ではあったが、それでも待った。


「まあそれはどうでもいいですけど、最近暑くなってきましたね」


結局繋がらなかった。
人を変人扱いしておいて一体何なのだ。
ここはその所以を問いただしておくべきだろう。
おい、と口を開きかけたところで八戒に阻まれた。


「あ、さっき食べた野菜炒めは美味しかったですねー。
 薄すぎず濃すぎずの味付けといい、火の通り具合といい、絶妙のバランスで」


酔っている。
それも、したたか酔っている。
何故、気付かなかったのだろう。
いや気付かずとも仕方あるまい。
それどころでは無かった、と夕食時を思い返した三蔵は自分を慰めた。
喧しい悟空と悟浄を怒鳴りつけ、失せた食欲に、食物代わりの酒を流し込むので精一杯だった。
そんな状況で、八戒がどれだけ飲んでいたのか気付けという方が無理な話だ。
それに加え、八戒は飲んでも全く顔に出ない。
赤くも青くもならず、目付きも変わらない。


「三蔵、聞いてます?」

「・・・ああ」

「なら良いですけど」


その後も八戒の話はあちこち飛びつづけた。
これならば、悟空の鼾の方が、悟浄のいちいち癇に障る軽口の方が、どれだけマシだったか知れない。
もはやついていく事を諦めた三蔵は、床の板目を数える事にする。
喫煙だけではとても睡魔に勝てそうに無い。





扉からその向かいに位置する窓までを縦として、縦65枚、横27枚。
置かれた家具の下と視界から外れた場所は推測で数えた。
何度も数え直した結果は、恐らく間違いないだろう。
密かな自己満足を覚えつつ、時計を見遣るともうじき11時になろうしていた。


「悟浄、まだ戻ってきませんね」

「そのようだな」


『ああ』以外の返事を返したのは、単に丁度板目を数え終わったところだったからに過ぎない。
食後『ちょっと出かけてくる』と言い置いて出て行った悟浄の事は、今の今まですっかり忘れていた。


「気になりますか?」

「全く」

「何故?」

「奴がどこで何をしようと、それは奴が決める事だ」

「知りたい、とは思いませんか?」

「知ってどうする」

「何を考え、どこにいて、何をしているか、相手の全てを知りたいと思いませんか?」

「思わねえな」

「僕は思いました。いえ、知っていなければならないと思っていました」


ここで三蔵は、それまで床に落としていた視線を八戒の顔まで移動させた。
その視線に何かの意図を込めたつもりは無かったが、八戒はそうは受け取らなかったようだった。


「分かってますって。そんな事は出来る筈がないって事は」

「何も言ってねえ」

「言ってました。『馬鹿馬鹿しい』って、目が言ってましたよ」

「それはお前の被害妄想だ」

「かも知れません。何せ僕自身が今はそう思ってますから」


部屋に引き上げてから、ほぼ八戒が一人で喋り続けていたが、ここにきて初めて会話が成立している。
酔いが醒めてきたのであればいいが、内容を考えるとそうとも限らない。
酔って躁になった後、一転して鬱になる場合がある。
元々自虐癖を持ち合わせている八戒なら尚の事だ。


「でも・・・」


一旦切った八戒の次の言葉を、三蔵は黙って待った。
醒めたのか、鬱なのか。


「相手の考えが分かるというのは置いといたとしても、何か特殊な能力を持っていれば便利ですよねー。
 超能力とか。瞬間移動なんて出来たら一瞬で吠登城ですよ?
 予知能力は便利ですけど、先の事が分かったらそれはそれでつまらないですし。
 あ、念力なんてどうです?モノグサな三蔵にぴったりじゃないですか。
 ついでに発火能力があればライターいらず。
 って、三蔵?」


話の途中で三蔵はさっさと立ち上がり、布団に潜り込んだ。
これ以上は付き合っていられない。
例え八戒が相手であったとしても、最初からこうしていれば良かったのだ。
先刻密かな自己満足を覚えた板目の数が、今は腹立たしい。
尚も呼びかける八戒の声は一切無視した。
頭から被った布団の中で、ふと三蔵は思った。
もし、今ここにいるのが自分ではなく悟浄だったら。
悟浄だったなら、八戒はまた違っていたのではないだろうか。
八戒はまだ酔っているのだろうか。
それとも、本当は醒めているのだろうか。


「めっずらしい。まだ起きてんの?って八戒、お前だけ?」


いきなり扉が開いたかと思うと、当の悟浄が顔を覗かせた。
三蔵は、被っていた布団を撥ね退けた。


「あら、早寝の三蔵サマも起きてんじゃねぇの」


それには答えず、入り口付近に立つ悟浄の方へと歩く。
擦れ違いざまに「交代だ」と告げ、廊下へ出た。


「え?何?どういう事?」


事情を呑み込めない悟浄が振り返ったが、そのまま扉を閉めた。
閉める間際に八戒の「まあ座ったらどうです?」と言う声が聞こえた。



たまには思った事が伝わるというのも便利かも知れない。














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