言霊の真実
「あれ?八戒と悟空は?」
「今ごろ何言ってる。寝に行ったじゃねぇか」
「うっそ。いつ?」
「さっき。てめぇにも声掛けてったろうが」
「ぜんっぜん覚えてねぇ・・・。って事は今日はアンタとオレが一緒って事?」
「必然的にそうなるな」
「・・・最悪・・・・・・・」
「それはこっちの台詞だ」
「地獄耳」
「文句があんなら廊下で寝ろ」
いえいえ文句なんて、と悟浄が互いの空になったグラスに酒を注いだ。
二人が声を掛けていったと言うのなら恐らく自分は何らかの返事をしたのだろう。
だが全く記憶に無かった。
それ程飲んだつもりは無い。
現にテーブルの上には手付かずの瓶が数本まだ残っている。
とすればここ最近の癖のせいか。
悟浄は溜息をつき僅か数時間前に開けたばかりでもう既に残り一本となった煙草に火を点けた。
「吸い過ぎだ」
確かに部屋中白く煙っており匂いも当の自分でさえ相当なものだと感じた。
八戒と悟空が早々に引き上げたのもこれが原因の一つかも知れない。
「あら何?オレの身体の心配なんかしちゃってくれてるワケ?」
「さっさと死ね」
吐き捨てて同じく煙草に火を点けた三蔵を見て思う。
『アンタのその口の悪さが嫌い』
なみなみと注いだ酒を煽り再び満たす。
元々口数の少ない三蔵も黙って煙草を吸い、酒を飲む。
空になれば無言でグラスを突き出す。
その様子を見て思う。
『アンタのその偉そーな態度が嫌い』
消した筈の煙草の火が燻って嫌な匂いを出していた。
三蔵が露骨に顔を歪める。
自分だけの所為では無いだろう、と思いつつも悟浄は灰皿に酒を少しかけて消した。
そして思う。
『アンタのその眉間の皺が嫌い』
最近いつも考えている。
本当なら声に出して言いたいところだがまだ命は惜しいので思うだけに留めておいた。
三蔵の嫌なところ、腹の立つところ。
気付けば数本残っていた酒瓶も全て空になり、残り一本もあと僅か。
自分達が思っているより酔っていた。
寝る、と立ち上がった三蔵がふらつき床に座り込む。
面倒になったのかそのまま寝転がった。
「おいおい、そんなトコで寝んなよ」
悟浄も多少おぼつかない足取りながら、三蔵の傍に寄った。
と、いきなり胸倉を掴まれ引き寄せられた。
倒れこまないよう咄嗟に両手を付く。
至近距離に柄にも無くたじろいだ。
表情一つ変えず無言の三蔵に痺れを切らし口を開いた。
「・・・あの。ちょいとばかし近過ぎやしませンカ?」
「自分からは平気で触れてきやがる癖に何だ、今更」
「それは腕や肩でしょーが。今とは状況が違うっつーの」
これだけ近いと普段より二倍増しの心臓の音まで三蔵に聞こえるのではないかと思った。
「俺が嫌いだろう」
思いも寄らない台詞に返答に詰まる。
とりあえずこの状況を何とかすべく、まず胸倉を掴んでいる三蔵の手を解こうと考えた。
付いた床から片手を離そうとした瞬間、更に引き寄せられた。
もう三蔵の顔は近過ぎて見えない。
自分の顔の横に三蔵の顔があった。
「俺は言う程てめぇが嫌いじゃねぇ。残念だったな」
聞き間違いかと思ったがこれほどの近さ、耳に直接吹き込まれたというぐらいの近さでそれは無いだろう。
何か言う前に引き寄せられた時同様、突然突き放された。
三蔵はしてやったりと得意そうにうっすらと笑った後、のろのろとベッドまで這い上がり背を向け横になった。
言うだけ言って寝るつもりらしい。
「・・・オレだって嫌いじゃねぇんだよ。このクソ坊主」
口に出してしまってから悟浄は頭を抱えた。
ここ最近積み重ねてきたものが一瞬で崩れ落ちた。
三蔵の<嫌いじゃねぇ>と自分の<嫌いじゃねぇ>は違うと思う。
だからこそ賽の河原のように一つ一つ積み上げてきたのだ。
それをあっさりと蹴散らす三蔵はまさに鬼そのものといったところか。
悟浄はテーブルの上の煙草に手を伸ばした。
今日何箱目になるかもう覚えていないそれはまたしても最後の一本だった。
火を点け大きく吸い込んでから空のパッケージを握り潰し、腹いせに寝入った三蔵の背中に向かって放った。
明日からどうするか。
また一から積み重ねるか、いっそ諦めるか。
酒に浸かって廻らない頭では答えも出ず、 とりあえず今夜は言ってみる。
「オレはアンタがでぇっ嫌ぇ。・・・・・・・・・・・・・・・・の反対だ、ざまぁみろ」