満つるまで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段なら未だ夢の中のこの時刻に一人闇の中で悟浄は煙草を吸っていた。

喫煙者なら皆そうだろうが、就寝前には暫しの別れを惜しむ為、起床時には肉体、思考の始動の為、にまず一本。

突然の目覚めによって沸き起こった疑問を悟浄は考え始めた。

まずこの疑問の発端。

これは、恐らくベッドに起き上がった時に見てしまった隣のベッドで眠る男に間違いない。

次、答え。

 

・・・・分からない・・・・・・

 

煙草一本費やしても答えは出なかった。

所詮自分は肉体労働派、と二本目に手を付けた。

吸わずにすぐまた眠ってしまえば良かったのだが、習慣とは恐ろしいもので頭より先に身体が動いていた。

こうなってしまっては暫くは眠れそうにない。

部屋に時計は無い為外の様子で、と思い悟浄は窓に近付いた。

宿の床が小さく鳴った。

続き、眠る男のベッドも鳴ったが気にせずカーテンを開ける。

まだ月は高く、闇は深かった。

 

再びベッドが鳴った。

 

 

 

 

「月が出てる」

 

 

返事はあっても無くても構わないと思っていた悟浄の耳に不機嫌な低い声が聞こえてきた。

 

「太陽が出てたらおかしいだろうが」

 

僅かな物音と空気の乱れで起こされた三蔵が先刻の悟浄と同じように煙草に手を出した。

寝起きでこの捻くれた返事を間髪入れず返せる事に悟浄は少し感心した。

暫し月を眺めていたが、灰を落とそうとして灰皿は一つであることを思い出した。

今自分の傍にあるという事は当然三蔵の傍には無い。

見ると三蔵の煙草の灰も長くなっていた。

半分眠っているのか、それとも何か考えているのか、気付いてない様子で指先に挟んでいる。

悟浄は窓に背を向け寄り掛かってみた。

窓がギシと音を立てた。

その音を聞き付け三蔵が指先に気付く。

窓際まで来て灰を落としながら悟浄の隣で三蔵も月を見た。

その横顔を見た悟浄は自分の煙草を消し、続いて三蔵の指先からもそれを取り上げ消した。

少し薄くなった眉間の皺をまた濃くし三蔵が悟浄を見る。

 

 

 

 

 

黙ったまま悟浄は三蔵の身体に手を廻した。

一瞬身体を固くした三蔵が、やがて力を抜いてゆくのが悟浄に伝わってきた。

抱き締める腕に少し力を入れてみる。

息を呑む音が聴こえてきたが、拒絶の言葉も素振りも無い。

腕を緩めて、鼻で三蔵の匂いを、唇で髪を、身体で全身を、余す事なく悟浄は感じた。

やがて三蔵が静かに口を開いた。

 

 

 

 

「・・満足か?」

 

 

 

 

 

「・・・・・・・今は、な」

 

 

 

互いに近過ぎ、くぐもった声だったが聞こえた。

三蔵の頬の筋肉が僅かに動いたことも悟浄は感じ取れた。

言葉通り今は満足だった。

もう一度力を入れ抱き締めた後、ゆっくり離す。

何事も無かったかのように月を眺め始めた悟浄の頭に先程の思考がまた沸き起こってきた。

 

 

−−−−−−<本物>が欲しくなったか?−−−−−−−

 

 

答えは出た。

 

欲しい訳ではない。

大体人を人のものに、など出来る筈も無い。

隣に立ち同じく月を眺めている男はこの男自身のものだ。

この男が誰かのもの、それが仮に自分だとしても想像するだけで笑える。

今、月を映している瞳に明日は、<西>を、<経文>を、映すだろう。

だが、自分もまた自分自身のものだ。

この想いも含めて。

 

答えとして充分だ、と悟浄は思った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もうちょい寝るとすっか」

 

「人を起こしといて先に寝るとはいい性格してんな」

 

「ンじゃ、責任取って添い寝でもいたしまショーか?」

 

「いらん、そんなもん」

 

今なら豪華特典として腕枕、子守唄付きよ?とのたまう悟浄を捨て置き三蔵も布団に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悟浄が全身で三蔵を感じていたあの時、

指一本動かすことの無かった三蔵もまた全身で悟浄を感じていたことなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知るのはただ月のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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