Only for it
夕暮れ時、悟浄がふいに訪れた。
「明日から新しい仕事に入る」と言って帰った日から何日経ったのだろう。
今、目の前に立っている悟浄は目の下に隈がくっきりと出来、体重も何キロか落ちているだろう。
悟浄を中に入れると三蔵はすたすたとリビングに戻りソファに座った。
悟浄も何も言わず同じく隣に座った。
途端、身体の向きを変え三蔵の腰に両腕を巻きつけた。
「すげぇ隈だな」
そのままの体勢で三蔵は吸い差しの煙草を灰皿から取り上げた。
悟浄の顔は背中側にある為見えない。
「んー、一日睡眠時間2、3時間てとこだからな」
寝らんねぇのはヘーキ、と悟浄は両腕に力を込め、片足を三蔵の後ろに廻した。
三蔵は悟浄の足の間に横向きで挟まっているような状況だ。
「さてここで問題デス。何日経ったでしょう?」
「2週間ぐらいか?」
「ハズレ。18日」
大して変わんねぇじゃねぇか、と三蔵は内心思った。
「18日よ、18日。信じらんねぇ」
「昔はもっと寝られねぇ時もあったんだろうが」
三蔵が悟浄と知り合った時はその時期は過ぎていたが、誰からか聞いた事があった。
「だから寝らんねぇのはイイのよ。そうじゃなくって、疲れてると余計にさ、何でこう・・・」
「ヤリたくなる、か?」
何で分かった?とすっ呆ける悟浄に、
「アタってんだよ」
と軽く肘を張り煙草を揉み消した。
悟浄のくぐもった笑いが背中に響いた。
「あと何日だ?」
夕暮れ時に来たという事はまだ終わっていない。
終わる時は必ず深夜だからだ。
三蔵はその事を知っている。
「3日」
「もうすぐじゃねぇか、我慢しろ」
「そのもうすぐが長いんじゃねぇの。ホント冷たいのね」
そう言う悟浄は今日スる為に来たのでは無いことも三蔵は知っていた。
新しい仕事の間は悟浄は絶対に三蔵を抱かない。
こうして来る事すら無かった。
願掛けか何かのように律儀にそれを守る悟浄に三蔵も何の不満も無かった。
だから実は先刻悟浄が来た時は少々驚いた。
何かあったのか、とも思ったがこの様子ではそうでは無いらしい。
「じゃあヤるか?」
「ヤらねぇ。あーホント何でこんな事オレ決めちまったンだろ」
「知らねぇよ」
「今日のところは我慢すっけど、3日後、期待しててねん」
悟浄はそう言って時計を見遣り、三蔵の腰から腕を離した。
「冗談じゃねぇ、来るなら1回ヌいてから来い」
何せこんなに長くかかっているのは初めてだった。
今まではせいぜい1週間から10日程だった。
「ンな勿体無ぇ事出来っか。一滴たりとも洩らさず溜め込んでおいてやる」
そして立ち上がり様三蔵の唇を掠め取った悟浄は、
「だー!余計ツラくなった!!」
と頭を抱えた。
三蔵は一人でボケとツッコミをしている悟浄の背中に、呆れつつ蹴りを入れた。
「おら、さっさと行きやがれ」
ぶつぶつと文句を言いながら悟浄は玄関まで行きドアの前で振り返ると、
「いいか、3日後だからな。逃げンじゃねぇぞ」
三蔵をびしっと指差し、果し状でも突き付けるかのように宣言して仕事に戻って行った。
悟浄が三蔵の部屋に居たのは10分弱。
その短時間の為に悟浄は一体どこから来て移動時間はどれぐらいだったのか。
互いに仕事の話は殆どしない。
隠している訳では無く必要を感じないからだ。
相手が話せば聞く程度で自分から訊くことは無い。
よって三蔵には知る由も無かった。
あの寝不足そのものの顔を見れば普通は「少しでも寝ておけ」と言うものなのかも知れない。
だが悟浄の優先事項は悟浄自身が知っているだろう。
巫山戯た態度で誤魔化す悟浄の真意など三蔵にはお見通しだった。
三蔵は煙草に火を点けながら壁に目を遣った。
そこには裏返したカレンダー。
悟浄は気付かなかっただろう。
3日後にはまた表に戻されるカレンダー。
悟浄には口が裂けても教えてやらない、と三蔵は決めていた。