終われない季節
数日振りの宿に酒盛りが始まったのはごくごく自然の流れだった。
慣れたものとは言えかなりの不自由を強いられる野宿からの開放感に酒は水のごとく身体に吸い込まれてゆく。
「手酌酒は出世しねーぞ。ってアンタはそれ以上出世しようがねぇか」
いいだけ酔った悟浄が瓶を奪った。
案の定、注がれた酒はなみなみどころか溢れて尚止らない。
「このバカ!びしょ濡れになったじゃねぇか!」
「まぁまぁ、細かい事気にすんなって」
一向に悪びれた様子の無い悟浄に仕返しとばかりに三蔵は悟浄のグラスにも酒を溢れさせた。
「うわっ!冷てっ!」
「二人とも。床にまで飲ます必要は無いんですよ」
確実に一番多く飲んでいる筈の八戒から普段と寸分違わぬ声が飛んできた。
隣で悟空は既に夢の中となっている。
床に転がる大量の空き瓶と山盛りの灰皿を片付けに八戒が立ち上がった。
「そろそろお開きにして寝ましょう。明日起きられませんからね」
片付けを終え悟空を連れて別部屋へと八戒が出て行った。
一気に静かになった部屋の中で瞼も自然と下がる。
濡れた法衣を脱ぐのも面倒で座ったまま半分眠りの淵へと落ちていた三蔵は脚に重みを感じて目を開けた。
「枕見っけ」
悟浄が投げ出していた脚に頭を乗せていた。
「重い。退け」
「ケチケチすんなって」
退ける気は全く無いらしい。
座ったまま横にずれ頭を落としたが悟浄も諦めず寝たまま追ってきた。
何度か繰り返しずれる場所が無くなったところでもうどうでも良くなった。
その内寝返りでもして落ちるだろう。
「・・・アンタ、ほんと鈍いのな」
「重てぇって言ったろうが」
「だから、それが鈍いって言ってンだよ」
「・・・言いたい事が分からねぇな」
「ま、いいけどよ。・・・・・・にしてもこの枕硬ぇな」
「文句があんなら下ろせ。無くても下ろせ」
「イヤ」
「重い、邪魔だ、暑い」
「最後のは嘘だろ」
確かに嘘だった。
開けた窓から入るひんやりした風が酒で火照った身体を冷ましている。
ふと見下ろすと目を閉じた悟浄の顔が目に入った。
寝苦しいほどの暑さはすっかり影を潜め、昼はともかく夜は既に夏の終わりを告げていた。
三蔵は天井を仰ぎ溜息を吐いた後、脚の上の重みに再び目を遣った。
重みの主は無防備に眠りに落ちている。
何よりも雄弁にその想いを語る閉じられた眼にまたしても溜息一つ。
昔から夏は嫌いだった。
暑いのが嫌いだった。
いつからだろう。
涼しくなり始める夏の終わりも嫌いになったのは。
振り払う理由が一つ減る。
明日の朝、悟浄が起きる前に落とすことに決め三蔵は目を閉じた。