新雪の夜に
ふと眼が醒めた。
夜明けにはまだ早い筈だが窓の外が奇妙に明るい。
カーテンの隙間から覗くと雪が降っていた。
きっとかなり前から降っていたのだろう。地面は土も見えず真っ白だった。
三蔵はそっと部屋から抜け出した。
今日の宿は続き部屋で取れなかった為、各自それぞれ少し離れていた。
時刻も時刻だ、きっと誰も気付かなかっただろう。
一人裏庭に立つ。
仰いだ空から雪が降り、額に頬に触れては消えてゆく。
長いこと見詰めていると空から雪が降ってきているのか、自分が空へと昇っていってるのか、感覚が麻痺する。
聴こえるのは降り積もる雪の音、空気のキンと張る音。
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
時間の感覚も麻痺したようだ。
この世界に<ただ独りきり>と感じる。
「寒くねぇの?」
悟浄が雪を踏みしめながら近付いてきた。
<独り>の時間は終わった。
「・・寒い・・・・・のかも知れねぇな」
「かもって何よ」
雪や空気の音の替わりに、隣に立った悟浄の煙草のジジッと燃え進む音が聴こえてきた。
そういえば此処にきてから吸っていないな、と三蔵は思い出した。
袂に入っている筈だが、だらりと垂れるままに下げていた腕が動かない。
「寄越せ」
面倒でかなり省略してみた。
「不味いんじゃなかったっけ?」
煙草を挟んだ指先を軽く持ち上げながらニッと笑った悟浄を見ると通じたようだ。
顔も動かさず、視線だけで三蔵は催促した。
悟浄はそのまま指先を三蔵の唇まで持っていき、咥えさせた。
大きく吸い込むと、普段吸い慣れたものとは違う苦味が口内に拡がってゆく。
煙を吐こうとしたが、
腕が動かない。
唇も上手く動かせない。
まだ長いままの煙草が白い雪の上に落ち、火が消えた。
「アンタ、ホント不器用なのな」
「不味いんだよ」
言い訳にしか聞こえないことは承知で三蔵は地面を睨んだ。
落ちた煙草を見ながら悟浄が三蔵の左手を取り、そのまま自分の上着のポケットに突っ込んだ。
悟浄の掌の温かさが包まれた左手を通して三蔵の全身に廻ってゆく。
腕が、唇が、動かなかったのは寒さで凍えていた為だった、と今更知った。
「二時間」
聞こえるか聞こえないか分からない程、小さな声だった。
訝しげに三蔵は悟浄の横顔を見た。
「アンタが此処に突っ立ってた時間」
そんなにも長い時間、こんな寒い処に自分は居たのかと三蔵は驚いた。
「俺の部屋から見えンのよ、此処。何すんのかと思って見てたら、ただ突っ立って空見上げたり、俯いたり・・・・・・・・」
二時間、悟浄は黙って見ていたと言う。
こんな処に長時間居た自分も自分だが、それを見続けた悟浄は相当な莫迦に違いない。
そして、見られていることに気付かず<ただ独りきり>を感じた自分は阿呆か、と三蔵は可笑しくなった。
気が付くと声に出して嗤っていた。
「寒さで頭までイカれた?」
<独り>の時には感じなかった寒さが、今は身に沁みる。
包まれた左手はそのままに三蔵は宿へ戻るべく踵を返した。
いきなり振り回され悟浄が雪に突っ込みそうになる。
「そんな処でコケんじゃねぇ。巻き添え喰らうだろーが」
「てめぇのせいじゃねぇか!」
言い返す悟浄も右手はそのままだった。
もうじき、夜が明ける。