白の景色

 

 

 

 

 

 

 

   静寂の隙間をつくように窓の外遠くでどさりと音がした。

   冬枯れの木の枝に降り積もった雪が落ちたのだろう。

   その音に三蔵は筆を置いた。

   首を廻すと骨が鈍く軋む。

   余りの静けさに時計を見遣れば日付はとうの昔に変わっていた。

   ついでに見回した室内は暖房と紫煙の所為で澱んでいる。

   机の上のものを手に三蔵は立ち上がり窓を開けた。

   途端に凍てついた冷気が肌を刺す。

   だが澄んだそれは澱んだ空気を溜め込んだ肺に心地よかった。

 

 

 

 

 

   手の中のパッケージから一本取り出し咥える。

   続き掌で囲んで火を点けた。

   先刻まで何も思わず使っていたそのライターが目に止まる。

   見覚えがあるような無いような、これは自分のだったろうか、と考えふと思い当たった。

   忘れ物だ。

   その男は何日も連続で押しかけてきたかと思えば、ぱたりと数週間姿を見せない時もある。

   前回来たのはいつだったか。

   うろ覚えの記憶を手繰り寄せたが正確な日付は思い出せない。

   何をするでも無く煙草を吸うだけで、偶に口を開けば癇に障る台詞を吐く。

   意趣返しに、

 

 

   『手土産の一つも偶には持って来やがれ。気が利かねぇな』

 

 

   と嫌味を言ってやれば、何を血迷ったか寒椿を一本持ってきた。

   それが前回の事だった。

 

 

 

 

 

   振り返った目の端にその赤い花が映る。

   湯呑みに挿されたまま既に枯れていた。

   それだけの間来ていないという事だ。

 

 

 

 

   再び三蔵は前を向いた。

   長くなった灰を窓の外へと落とす。

   地面が見えぬ程雪は積もっていた。

   前回悟浄が来た時はこれほど積もっていなかった気がする。

   ふとそう思って自嘲した。

   悟浄の家も辺鄙なところにあるがこの寺もそれに負けず劣らずな場所に位置する。

   頻繁に来る方がおかしいのだ。

 

 

   『何が目的だ』

 

 

   以前に一度だけ訊ねた事がある。

   その時悟浄は不自然に視線と話を逸らしただけだった。

 

 

 

 

   浮かぶままにとりとめの無い事を考えている間に気付けば煙草は短くなっている。

   机の上の灰皿に押し付けた。

   灰は外へ落としても吸殻まではさすがに憚られる。

   そろそろ寝る事にし閉める為に窓枠に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

   雪が降り始めた。

   ちらちらと細かな雪が空から舞い降りてくる。

   視線を上げれば雲が空を覆っていた。

   本降りの前兆といったところか。

 

 

 

 

 

   外へと三蔵は手を出した。

   極々小さな白い欠片がその掌に落ち溶ける。

   雨のように音がしない雪は気付かぬ内に降り積もる。

   まして一旦積もってしまえば多少深くなったところであまりそれを感じない。

   掌の上では一瞬で溶けるような雪でさえ積もってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

   音も無く雪が積もる。

   気付かぬ内に深く深く積もる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   胸の奥で募るは春になろうとも溶けはせず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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