snow dust

 

 

 

        

 

 

自室で新聞を読んでいた三蔵が部屋に入ってきた。

ちょうど淹れたばかりのコーヒーを八戒は何も言わず三蔵の前に置いた。

黙って飲みながら、読み終わっている筈の新聞をまた広げる三蔵の眉間には深い皺が何本も刻まれている。

先刻、廊下に三蔵と悟浄の罵声が響き渡っていた。

そして、朝まだ早い時刻にチンピラの喧嘩のような声で起こされた他の泊り客に頭を下げて回ったのは八戒だった。

 

「バカコンビはどうした」

 

三蔵は新聞から目を離さず聞いてきた。

 

「朝食前の一運動だと言って、二人で雪だるまを作ってますよ」

「にしては静かだな」

 

三蔵は立ち上がり、窓から外を窺った。

 

「外に出る前に二人に大声を出さないように言い聞かせましたから」

 

八戒も三蔵の隣に並んだ。

窓の外では八戒の言い付け通り小声で悟浄と悟空が雪だるま作りに勤しんでいた。

だが、二人共全身雪まみれのところを見ると、どうやら雪だるまを作っているだけではないらしい。

暫く眺めていると、悟浄が背中を向けた悟空めがけて雪玉をぶつけている。

ぶつけられた悟空も当然やり返す。

あれではいつになったら雪だるまが完成することやら分からない、と八戒は思った。

 

「あのバカはあれが楽しいのか?」

 

同じように無言で二人を見ていた三蔵が口を開いた。

 

「どっちのバカですか?」

「デカい方のバカだ」

「さぁ、小さい方に付き合ってるだけかも」

「小さい方のバカにしたってもうガキじゃねぇだろうが。それにどう見てもデカい方のバカも付き合ってるだけには見えねぇぞ」

「じゃ本気で楽しんでるのかも知れませんね」

「デカい方のバカの年は幾つだよ、図体ばかりデカくて精神年齢は小さい方のバカより下じゃねぇのか」

「・・・・・・・」

「デカい方のバカも小さい方のバカも雪だらけであの濡れた服はどうするつもりなんだ?朝飯食ったら出発だぞ」

「・・・・・・・・・・・」

「雪降って騒ぐなんぞ犬と同じだな。小さい方のバカは小型犬でデカい方のバカは超特大犬か」

 

 

 

 

 

 

「・・・あの・・三蔵、そろそろ名前で呼びませんか?」

 

 

 

小さい方のバカだの、デカい方のバカだの、名前の方がはるかに短く呼びやすい。

 

「あ゛?名前?ンなもん、河童と猿で充分だ」

 

「・・・・・じゃ、それでもいいです・・・・・・・」

 

三蔵の眉間の皺が少し薄れてきたところで、八戒は先刻の悟浄との喧嘩の原因を聞いた。

 

「忘れたな」

 

三蔵の答えは余りにも理不尽だった。

あの後自分がどんな思いで頭を下げて回ったか。

いくら自分の役目は『保父さん』だとしても酷すぎる、と八戒は憤った。

 

「悟浄のどこがそんなに気に入らないんですか!?」

「存在そのものだな。あの無駄にデカい図体も、軽い喋り方も、触覚も。あぁ、ついでにあの煙草も嫌いだ。それから・・・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・もう、いいです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

つらつらと悟浄の嫌いなところを並べ立てる三蔵に八戒の怒りは静まった。

どんな思いをしたってこんな風に流れるように悪口を並べ立てられる悟浄に比べれば自分は恵まれている。

そう思う一方、悟浄を気の毒にも思った。

 

 

「どこか、良いところは無いんですか?」

「無ぇな」

 

八戒が言い終わるのも待てない、というぐらいの速さの即答だった。

八戒は肩を落し項垂れた。

窓の外では、ふざけ合いがエスカレートしてきて徐々に二人の声が大きくなってきていた。

もう部屋にいても充分に聞き取れる。

悟空の天真爛漫な声と悟浄の普段より幼さを含んだ声。

 

 

 

 

 

「・・・だが・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

窓の外を眺めたまま、三蔵が再び口を開いた。

その声に八戒は俯いていた顔を上げた。

 

 

 

 

「簡単にくたばりそうには、無ぇな」

 

 

 

 

八戒は三蔵の横顔を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

其処にはいつに無く穏やかで柔らかな光を宿した紫の瞳があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残された者の痛みも哀しみも八戒は判りすぎる程判っていた。

 

 

悟空の特大雪玉を顔面に喰らった悟浄が仕返しに悟空を雪中に埋めた。

二人の笑い声と互いの悪口を言い合う声が外にも部屋にもこだまする。

舞う雪の小片が朝日に弾け輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生命線、手首まで伸びてますからね」

 

 

 

今日初めての心からの笑顔で八戒はそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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