一番嫌いな類の男だった。
へらへらとした笑いを常に浮かべ、軽口を叩き、調子がいい。
見かける時は大抵連れがいた。
女だったり仲間と思しき奴等だったり、その時によって違ってはいたが。
何一つ共通点など無いと思えた。
これまでもこれからも。
Solitude
この街にはゴミステーションというものがない。
街自体がゴミ捨て場のようなものだからだ。
仮にあったとして一体誰が収集に来るというだろう。
こんな薄汚れた街に足を踏み入れたがる者などいやしない。
人間が捨てた残飯を野良と名の付く犬猫が漁り、更にその食べこぼしを鼠がさらう。
生ゴミだけはこの街にも存在しなかった。
風に舞うような軽いものはいつしか街の外へ、缶や瓶は子供等の遊び道具となり、その他のものは街と一体化した。
どこもかしこもくすんだような色の乏しい街にあってその男の髪の色はかなり人目を惹いた。
真紅の髪。
遠目でも誰だか一目瞭然だった。
名前は悟浄という、らしい。
らしいというのは本人から聞いた訳では無いからだ。
擦れ違う際、連れがそう呼ぶのが聞こえた。
三蔵は悟浄と言葉を交わした事は一度も無い。
*****
いつものようにぐらつく階段を昇り三蔵は屋上に出た。
五階建てのビルの屋上は僅かながら空に近い分呼吸が楽になる気がした。
だが今夜は先客がいた。
出直そうと背を向けると背後から声がかかった。
「逃げなくても取って喰いやしないぜ」
逃げる、という言葉に反応して三蔵は立ち止まった。
そう思われるのは我慢ならない。
戻りかけた身体を翻し、距離を置いた位置で煙草に火を点けた。
「邪魔なら退散するけど?」
「・・・構わねぇよ」
「・・アンタの声、初めて聴いたな・・・・・・」
そう言って向けた笑みは普段浮かべているものとは異質のものだった。
こんな顔も出来るのかと驚いた。
予想外の出来事に三蔵は黙ったまま煙草を吸った。
時折風が吹き雑多な匂いを運んでくる。
煮込んだ野菜や肉、排泄物のすえた匂い。
紫煙の方がよほど芳しい。
悟浄もそれ以上口を開かなかった。
それが悟浄と初めて言葉を交わした夜だった。
*****
「よお」
振り向いた顔には今は見慣れた笑みが浮かんでいた。
あの夜から三晩と空けずにこの屋上で会う。
他に適当な場所が見付からず結局三蔵はこれまで通りここに来ていた。
と言っても別段約束をしている訳では無い。
昼間通りで会ってもこれまで同様ただ通り過ぎるだけだ。
最初の内は何か企んでいるのか?と訝しく思ったが特に何も起こらない。
三蔵はいつも通り少し距離を置いた位置で煙草を取り出した。
だが肝心のライターが見当たらない。
「ホレ」
右手を伸ばし悟浄がライターを差し出していた。
近寄りそのライターを受け取る。
火を点けた後何となくまた離れるのもどうかと思いそのまま隣に並んだ。
吐き出される二つの白い煙は風に吹かれ混じり合い夜に溶けていった。
*****
見上げた空はどんよりとした雲が覆い尽くしている。
見るからに重そうなその雲が落ちてきたならここら辺一帯はたちまち瓦礫の山と化すだろう。
中には建っているのが奇跡と思われる程歪んだ建物もある。
三蔵が今いるビルにしてもあまり頑丈そうでは無かった。
申し訳程度に付いたフェンスに軽く力を掛けるとぐらりと揺れてどこかのボルトが弾け飛んだ。
「気ぃ付けろ。そこ、腐ってんぞ」
今日は来ないと思っていた。
つい先刻女連れで歩いていたのを見かけたからだ。
顔に出ていたのだろう、悟浄が続けた。
「さっきのは知り合いのコレ。人のモンに手出す程不自由しちゃあいねぇよ」
「らしいな、噂は聞いてる。俺にはどうでもいい事だがな」
「そ?けどアンタの噂も結構なもんよ?」
「・・・俺の、噂?」
隣に立つ悟浄を三蔵は見た。
近頃は並んで煙草を吸うようになっていた。
思えばライターを借りた夜からだ。
「そ。『誰も近付けない』つーか『近寄らせない』」
「・・・・・」
「『よっぽど一人が好きなんだろうよ』ってな」
「好きも嫌いもねぇよ。・・・楽なだけだ」
「・・・・・分からなくもねぇけどな」
*****
今夜は悟浄は居なかった。
だが特に気にする訳で無く三蔵は煙草を吸い始めた。
来る日もあれば来ない日もある。
どちらでも煙草を吸うだけに変わりは無い。
ただ二言三言の会話があるか無いかの違いだけだ。
一本目を吸い終え二本目を考えた時、屋上の入り口でガタガタッと大きな音がした。
悟浄が倒れ込んでいた。
近寄ってみるとあちこち腫れ上がり傷だらけだった。
「・・・階段・・ちとキツイな・・・・・・」
「てめぇは莫迦か?こんな身体で何しに来てんだよ」
「見た目程酷くねぇって・・・。あ、言っとくけどヤラレた訳じゃねーから。ちゃんとノシてから来たからな」
そんなもんどっちでもいい、三蔵はとりあえず近場の壁に悟浄を寄りかからせ座らせた。
顔の傷を確かめ、服を捲り怪我の具合を確認した。
悟浄の言う通り大きな怪我は無さそうだった。
それにしても何故こんな事をしているのか自分にも分からなかった。
ただこの屋上で殆ど内容の無い会話をし煙草を吸う時間を共有しているだけの悟浄を相手に。
それも嫌いだった筈の相手だ。
「一人か?」
「いんや、五人」
「相手じゃねぇよ」
いつも仲間と一緒だが一人では何も出来ない男では無い。
腕は相当立つと聞いていた。
「いつも独りだぜ?」
「何言ってる。いつも連れがいるだろうが」
「・・・・・・それでも独りなんだよ・・・」
昼間に見せる薄笑いを浮かべた後悟浄は俯いた。
*****
「・・・ずっと・・思ってた・・・」
「きっと・・・・・アンタとオレは・・似てる・・って・・・・・・」
突き上げながら喋り続ける悟浄を黙らせる為三蔵はその紅い髪を掴み引き寄せた。
集中できやしない。
おまけにこっちはうっかり喋ろうものなら舌を噛みそうな程揺さぶられている。
バランスを崩し二人もろともベッドから落ちた。
拍子に無造作に冷蔵庫の上に置いてあった酒瓶も落ちて割れ、部屋にアルコールの匂いが充満する。
「少し黙ってろ」
傷だらけの腹を、頬を、口元を撫ぜる。
悟浄が顔を軽く歪めた。
切れた目尻に舌を這わせる。
血の味がした。
触れようが、流した血を舐め取ろうが、悟浄の痛みは悟浄のものでしか無い。
「続き、いい?」
声を出さずに三蔵は頷いた。
狭い部屋を満たす多種のアルコールの匂いと互いの荒い気遣い。
飲んでもいない酒に酔い、押し寄せる快感の波に酔う。
どれだけ人に囲まれていても独りである事に変わりは無く、否、だからこそ感じる孤独は気の遠くなる程深い。
それを悟浄は知っている。
知っていて尚大勢の中に身を置くのはこの男の強さであって、且つ弱さなのだろうと思う。
何度果てても互いに貪り合った夜も終わりを迎える。
文字通り精も根も尽き果てた身体を並んで横たえた。
白々と夜が明けてゆく。
ブラインド越しに仄かな光が差し込む。
それは直に哀しくなる程強く眩しい光となり、ゴミ溜めのようなこの街を照らすだろう。
下手くそな字で書かれた卑猥な落書き。
塗装の剥げた屋根や壁。
弱肉強食のルールに法って敗れた鼠の骸。
夜が包み隠しておいた何もかもを。
穢れを知らぬ無垢さ故に。
隣では悟浄が既に寝息を立て始めていた。
無防備に見えて、決して癒される事の無いものをその胸に抱いて。
三蔵の胸が微かに疼いた。
同じものがここにもあるのだ。
暫し休息の為眠った後西日差すこの部屋で銃の手入れを行う自分の姿が三蔵には見えた。
この先誰かとつるむ事もきっと無い。
これまでと変わらずに生きていくだろう。
徐々に明るくなってゆく光の下、ゆっくりと目を閉じた。
その日、三蔵は夢も見ず深く深く眠った。
生まれて初めての事だった。
fin
*
『Seventh Star』保志クロエ様と「何かやりましょーよ!」と立ち上げた企画です。
画集やオフィシャル本のイラストからリクエストし合い妄想して書こう、と。
私のは『塩犬U』22ページの三蔵のイラストです。
・・・・・イメージずれてたらスミマセンm(_ _)m