その嘘さえ抱きしめる

 

 

 

 

 

 

 

   日の出の早いこの季節、外は明るくなっていた。

   夕暮れとはまた違った薄橙色の空。

   汗を吸ったシーツから身を起こし悟浄はベッドの縁に腰掛けた。

   毎朝の習慣通り煙草に火を点ける。

 

 

   「煙草」

 

 

   振り向くと昨夜の名残を残したままの三蔵が目も開けずに片手を上げていた。

 

 

   「寝たまんま吸うつもりかよ」

 

   「面倒くせぇ」

 

 

   目を閉じたままの三蔵に身を屈め愛煙の匂いと苦味のついた唇を軽く合わせた。

 

 

   「本物寄越せ」

 

 

   姿とは裏腹にその声は昨夜の余韻など少しも感じさせずにべもない。

   悟浄は火を点けた三蔵の煙草を上げている手では無く直接咥えさせた。

   何度か大きく吸う様を眺めた後、挟んだ指から煙草を取り上げ灰皿の上で灰を落としまた口元に戻す。

 

 

   「今日も暑くなりそうだな」

 

   「あ?」

 

   「蝉。こんな朝っぱらからもう鳴いてるぜ」

 

 

   明るいといってもまだ早朝、宿の内も外も静かで蝉の鳴き声がよく響く。

   朝晩こそ何とかやり過ごせるが昼間はうだるような暑さが続いている。

   その暑さが今日もまたという事をこの鳴き声が何よりも明確に教えていた。

 

 

   「短い命だからな。必死なんだろうよ」

 

   「子孫繁栄ってか?野郎同士でヤってるオレらにゃ全く無縁の話だな」

 

   「自分のガキを後世に遺そうなんざこれっぽっちも思ってねぇよ」

 

 

   さもつまらなさそうに三蔵が答えた。

   指に挟んだ煙草の灰が長くなっている。

   また取り上げ灰を落とし戻す。

 

 

   「確かに死んでも尚何か遺しておきてぇとは思わねぇな」

 

   「安心しろ。いなくなったらてめぇの事はすぐに忘れてやる」

 

 

   無言で突き出された短くなった煙草を灰皿で揉み消した。

   自分の分も消し悟浄は二本目を吸い始めた。

 

 

   「すぐってどれくらいよ?」

 

   「・・・一分」

 

   「ンじゃ、オレは一秒でアンタを忘れてやるよ」

 

   「・・・なら俺は今すぐこの瞬間から忘れてやる」

 

 

   ごそごそと背後で動く気配がし、三蔵が寝返りを打って背を向けたのが伝わってきた。

   会話の無い部屋を満たすのは蝉の鳴き声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「悟浄」

 

 

   ふいに名前を呼ばれた。

   だが背後で動く気配は無い。

   振り向きもせず返事だけ返した。

 

 

   「何よ」

 

 

 

 

 

 

 

   不自然な間の沈黙の後、ぼそりと声がした。

 

 

   「寝る」

 

   「・・・はいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

   数分後、今度は自分が呼んでみた。

 

 

   「三蔵」

 

   「あ?」

 

 

   話す事は何も無い。

 

 

 

 

 

 

 

   「呼んだだけ」

 

   「・・・死ね」

 

 

 

 

 

 

   何本か煙草を吸った後振り返ってみた。

   背を向けた三蔵の肩が規則正しく上下している。

   本当に寝入ったらしい。

   視線を窓に向けた。

   外は朝焼けから青空へと変わりつつある。

   数も音量も増してゆく蝉の鳴き声の中、静かに眠る三蔵。

 

 

 

 

   唐突に込み上げてきた。

 

 

 

 

   背後の存在が。

 

 

 

 

 

 

   ただ。

 

 

 

 

 

   ただただ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   どうしようもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・TEXT ・TOP