空で死ぬ魚

 

 

 

 

 

 

 

 

   寝静まった宿の廊下を足音を忍ばせ歩く。

   酔ってはいてもそのぐらいの配慮は出来る。

   次の次が自分に与えられた個室だと頭では理解していた。

   あと数歩歩き扉を開ければベッドが待っている。

   酷く疲れていた。

   酔いの廻った身体を横たえ朝まで眠りたかった。

   だが足はその意に反して一つ手前の部屋で動かなくなった。

   手が勝手にノブを回す。

   鍵のかかっていなかった扉は真夜中の侵入者を拒絶する事なく易々と受け入れた。

 

 

 

 

   「てめぇの部屋は隣だ」

 

 

 

 

   扉は許しても部屋の主は当然そう簡単には受け入れなかった。

   暗闇に鈍く光る銃口と共に低音の声が響く。

   いきなり発砲されなかっただけマシだと思う事にする。

 

 

   「分かってンだけどね〜」

 

 

   両手を軽く上げながら悟浄は答えた。

   銃は下ろしたものの三蔵が冷たく言い放つ。

 

   

   「なら、さっさと出てけ」

 

   「それがさ、身体が言う事聞いてくンないのよ」

 

 

   事実その通りなのだから悟浄にもどうしようも出来なかった。

 

 

   「隣に移る。てめぇがここを使え」

 

   

   酔っ払いに付き合うのは時間の無駄だと判断したのだろう、三蔵が部屋から出て行こうと歩いてくる。

   通り過ぎる瞬間、またしても自分の意志とは関係無く身体が勝手に動き三蔵の腕を取っていた。

 

 

   「・・何がしてぇんだ、貴様は」

 

   「・・・・えー、っと・・・・・・・分かンねぇけど、何かアンタが出てくのはダメみたいよ?」

 

   「みたい、とは何だ、みたいとは。てめぇの事だろうが」

 

   「そうなんだけどよ・・・。とりあえず、一緒に寝るか」

 

   「とりあえず、の意味が分からんな。第一、野郎と一緒に寝る趣味は無ぇよ」

 

   「女とだって無ぇ癖に」

 

   「揚げ足取んな」

 

   「立ち話も何だしよ。とりあえず、座るか」

 

   「だから、とりあえずの意味が分からんつってんだろ」

 

   「うん、オレも分かンねぇ」

 

 

   無視して振り解いて出て行けばいいものを変なところに律儀な奴、と悟浄は思ったが流石にそれを言うのは控えた。

   替わりに三蔵の腕を取ったままその場に直に座り込んだ。

   深夜、部屋の真ん中に男が二人並んで座っているのはかなり奇妙な光景だろう。

   少しづつでではあるが酔いが醒めていくのを悟浄は感じた。

   その代わり、今度は息苦しさを感じる。

   

   

   「・・何か、空気薄く無ぇ?」

 

   「何とも無ぇな。それより灰皿取って来い」

 

 

   既に煙草を取り出した三蔵に悟浄は仕方無く立ち上がりテーブルに近寄った。

   途端、肺の奥まで息が吸えた。

   訝しく思いながら灰皿を渡す為に三蔵の隣に寄る。

   またしても息苦しい。

   一旦灰皿を三蔵の前に置き、また離れてみた。

   何とも無かった。

   今度は部屋から出てみた。

   息苦しさは感じないが違和感がある。

   中に戻ると三蔵が呆れた顔をしていた。

 

 

   「・・・・何やってる」

 

   「一緒に寝るのはヤメだ」

 

   「ハナから俺は寝ねぇと言った」

 

   「まだダメだ」

 

   「まだもクソも無ぇ。ずっと無ぇ」

 

   「今はここまでが限界だ」

 

   「何の話だ?」

 

   「少しづつだ」

 

   「・・・聞いてんのか、おい」

 

   「で、とりあえず、今日オレはここで寝る」

 

 

   悟浄は椅子に座り寝る態勢に入った。

   

 

   「そのとりあえずの意味は何だ!」

 

 

   怒気を含んだ三蔵の声が聞こえたが一気に睡魔が襲ってきた悟浄はもう答えることも動くこともしなかった。

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   生きるもの全ての始まりは海からである。

   地を這う虫も、草原を駆ける豹も、空を飛ぶ鷲も、全て元は海に生きるもの達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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