確かにそれは永遠と呼べる

 

 

 

 

 

 

 

   最後の妖怪を倒し振り返った悟空の目に飛び込んできたのは倒れている三蔵の姿だった。

 

 

 

 

   圧倒的な数と多少の知恵で襲い掛かってきた敵に分散させられた。

   敵の狙いが三蔵である限り一番の強者が三蔵へ向かうのは歴然としていた。

   分かっていながらどうする事も出来なかった。

 

   辺りにもう妖気は感じない。

   三蔵が始末したのだろう。

   その際深手を負ったに違いない。

   俯せに倒れている三蔵の下の地面には大きな血溜まりが出来ていた。

 

 

 

 

 

   虫の息の三蔵に応急処置を施し近くの村まで運び込んだ。

   限界まで気孔を使用した八戒は先刻意識を失ってもう一つのベッドに横たわっている。

   何も出来ない自分がもどかしかった。

   悟空は俯き拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

   「食いモン持って来たぜ」

 

 

   薬や包帯、食料を調達に行っていた悟浄が戻ってきた。 

   

 

   「・・・食いたくねぇよ」

 

   「コイツが目覚ました時、お前のそんなツラ見たくねーんじゃねぇの」

 

   「だけど・・・」

 

   「そんな簡単に死にゃしねぇよ、このクソ坊主は。だろ?」

 

 

 

   「・・・悟浄?」

 

 

   声で八戒が目を覚ました。

   まだ顔色はあまり良くない。

 

 

   「お、気付いたか?・・・まだ回復してねぇな、もちっと寝てろや」

 

 

   そう言って、起き上がろうとした八戒を悟浄が制した。

   

 

   「・・・すみません・・・・・・」

 

   「ったくどいつもこいつもシケたツラしやがって。暗くてかなわねぇっつーの」

 

   「「・・・・・・」」

 

   「あんま辛気くせぇとカビ生えてくっぞ」

 

 

   ベッド脇の椅子に腰を下ろした悟浄は煙草を取り出そうとし途中で止めた。

   まるで三蔵の怪我が掠り傷で直ぐにでも起きるかのように振舞う悟浄の真意は掴めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

   昼前に入った宿の部屋で日が暮れても夜が更けても三蔵は目を覚まさなかった。

   壁時計の針が時を刻む音と不規則な三蔵の呼吸音だけが耳につく。

   八戒は起きては気孔を当てまた休み、を繰り返していた。

 

 

 

 

   もうあと数時間もすれば朝を迎える、という時だった。

 

 

   ―――三蔵は死なない―――

 

 

   悟空は確信した。

   依然意識は戻っていなかったが、三蔵から伝わってくる気のようなものが力強く感じる。   

   安堵した途端、眠気が襲う。

   せめて目を覚ますのを見届けてからと思ったが、程なく眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

   閉じた瞼の上からも感じる光で悟空は目を開けた。

   三蔵の足元に突っ伏して眠っていた自分の背には悟浄の上着が掛かっている。

   明るさに慣れた目に三蔵の枕元で肘を付いて組み合わせた両手を額にあて俯いている悟浄が映った。

   それは祈りを捧げている姿にも似ていた。

   窓いっぱいに差し込む眩しい朝陽が悟浄を照らしている。

   舞う塵もちらちらと輝きながら降り注ぐ。

   その中で一心不乱に祈っているかのような姿は神々しくさえ見えた。

   未だ意識の戻らない三蔵の傍らでじっと俯く悟浄。

   訳も無く胸が熱くなった。

 

 

 

 

 

 

   「・・・・・・・う・・・・」

 

 

   小さな呻き声がした。

   悟浄がはっと顔を上げる。

 

 

   「・・・ここは・・・・・・何処だ?」

 

 

   掠れてはいるがはっきりと聞き取れる。

   三蔵の意識が戻った。

 

 

   「天国、に見えっか?」

 

   「てめぇがいるって事はそれだけはありえねぇだろうな」

 

   「死にそうになってもその可愛げの無さは全然変わんねぇな、アンタ」

 

 

   「三蔵?良かった、気付いたんですね」

 

 

   八戒も目を覚まし起きてきた。

 

 

   「ああ今な。って悟空、お前何泣いてんだよ」

 

 

   隣に立った八戒を見上げる為に横を向いた悟浄と目が合った。

   八戒も驚いて振り向いた。

   ぼやけて見えていたのは涙が滲んでいたせいだった。

 

 

   「泣いてねーよ、これは欠伸!」

 

 

   袖で目を擦りながら身体を起こした。

   八戒が微笑んでいる、と思う。

   窓を背にしている為よく見えない。

   悟浄が立ち上がった。

 

 

   「オラ代われ、オレは一服して隣で寝てくっから。あー眠ぃ」

 

 

   わざとらしい欠伸をしながら悟浄がドアへと向かう。

   擦れ違いざま呼び止めた。

   「ンあ?」と見下ろした眼は充血して白眼まで真っ赤だった。

 

 

   「・・・あんがとな、悟浄」

 

   「うえっ、猿がしおらしいなんて不気味ー」

 

   「猿って言うな!せっかくオレが礼言ってんのに!」

 

 

   「猿だから猿っつってンだよ」と高笑いを残して悟浄が出て行った。

   三蔵と八戒が煙草を吸わせろ、吸わせないと言い争いをしている。

   とは言っても三蔵に勝ち目がある筈も無くすぐに諦めて奥歯をぎりりと噛んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

   悲しかった訳じゃない。

   三蔵が死なない事は分かっていた。

   嬉しかった訳でも無い。

   喜ぶような事は無かった。

   ただ、眩しかった。

   目に痛いほどに。 

 

 

 

 

   説明出来ない涙もあるのだと悟空は知った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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