実のところ、アンタの背中は嫌いじゃない。
何もかもを拒絶しているように見えて、その実、全部背負っちまってる背中がな。





― 隣 ―





「まるで世界の果てみたいですねえ」

額に手をかざし目を凝らした八戒の言い方は、酷く暢気そうに聞こえた。

「向こうがぜんっぜん見えねぇ・・・!」

続いた悟空の声にも、ただ感嘆の色しか窺えない。
一面砂また砂、遥か彼方に見えるのは地平線のみ。
それらを見渡せる小高い場所に俺達は立っている。
とてもこの広大な砂漠をこれから突っ切ろうとしている者の台詞とは思えない。
もっとも、俺はといえばその砂漠すら見ていないのだから、人の事をどうこう言う資格はない。

「ホントに世界の果てだったりして」

白い背中から目を離さずに、適当に話を合わせた。

「んな訳あるか」
「そうそう。悟浄、知んねぇの?地球は丸いんだぜ?」
「それぐらい知ってるっつーの」

振り向いた小憎らしい顔にデコピン一つくれてやれば、すぐさま悟空が応戦体勢を整える。
「やるか?」とは言ったものの、今一つ気分が乗らない。
そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、保父を自認する八戒が制止の声を上げた。

「体力の無駄使いですよ」

悟空が渋々前を向いたのを機に、また白い背中を見る。
咥えた煙草の先、灰となるそばから乾いた風がさらってゆく。
真横から吹くその風は、髪もなびかせ、火に触れさせた。
ちりりと焦げる音と視界を遮る不快感に、舌打ちしながら髪をかきあげる。
開けた視界が捉える背。


『バカじゃねえの、アンタ』


その言葉を煙と共に呑み込むぐらいの余裕は、まだある。
胸を開けば、呑み込みすぎてドロドロに黒くなった肺が見れるだろう。
風にさらわれ、常より早く短くなった煙草を地面に落とす。
靴裏で踏みにじると、乾いて脆くなった赤茶色の石が砕ける音がした。

前に立つ三蔵の腕が横に伸び、煙草を指で弾き飛ばすのが見えた。

「行くぞ」

それを合図にまず悟空が飛び出した。
この岩肌の斜面を降りなければ、越える事はおろか砂の上に立つ事すら出来ない。

「ジープは先に下で待っていて下さいね」

キュウ、と返事をしたジープが白竜の姿で降りてゆく。

「うっひゃーッ!止まんねーーーーッ!!!」

飛び出した勢いに加速がついた悟空は、見る見る内に下ってゆく。
言葉とは裏腹に楽しそうだ。
俺は、一歩前に出た。

「言いたい事があるなら言え。今なら聞いてやらんでもない」

視線に気付いていたらしい。
当たり前か。
だが生憎「言え」と言われて素直に言う俺でもない。

「気になる?」

こめかみに青筋を立てた三蔵にニヤリとした途端。

「ほら早く、二人とも」

八戒に背中を押された。
油断しきっていた身体はつんのめりながら斜面に飛び出した。

「「・・・ッ!!!」」
「あはは、二人とも修行が足りないですよ」

暢気に笑う八戒の声が頭上から落ちてくる。
足場を選ぶ余裕などある筈も無く、このままでは顔面、もしくは後頭部強打は免れない。
とりあえず錫杖を召還し、ガリガリと岩肌に擦りつけ、転がり落ちる前に体勢を立て直した。

「悟浄!貸せ!」

いまだ斜面と闘う三蔵に放り投げてやる。
ごつごつとした岩肌をずり落ちるように、どうにか止まれた三蔵の傍まで降りた。
汗だか冷や汗だかを拭う三蔵から錫杖を受け取り一息吐く。
全く、八戒には毎度してやられる。

「いーやっほーーーーーッ!」

一際大きな岩を足場に、悟空が跳んだ。
まだ高さはかなりあった筈だ。
だが、完璧に着地も決め「じゅってーん!」とほざいている。
その悟空の上をくるくるとジープが輪を描き飛ぶ。

「おっせーぞぉー!」
「うっせぇ!こちとら寿命が三年は縮む思いしたところだっつーの!」
「えー?何ー?」
「てめぇはいっそ全部縮んで無くなっちまえ」

それが助けてもらった相手に対する態度かと思う台詞はいつもの事だ。
肩に担いだ荷物を掛け直しながら、俺は振り返った。
八戒が慎重に一歩一歩降りてくる。
先には悟空、後ろには八戒。

「さて、降りるとすっか」

俺がそう言うのと同時に三蔵も降り始めた。





アンタの背中は嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、無性に腹が立つ。
ブン殴りたくなる衝動にかられる。
選り分ける事もせずご丁寧に全部背負って・・・つってもそれに気付いてンのかも怪しいモンだけどな。
そんな背中を見ながら付いてくなんざ真っ平御免だ。
アンタも俺の背中なんて見たかねぇだろ。

だから。

俺達はこれが丁度いい。














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