此処に息づく

かつえる牙と闇にギラつく目の

未だ名も無いいきもの



真夜中過ぎに煙に目覚め

ヤニを食べる野犬、首輪など欲しがらない

――――けして。






無いもの強請りは無駄だともう、充分過ぎるほど知ってる












.
                       No Name Dog.









軋む、

身体は埃臭いベッドと同じリズムで音を、たて。

壁紙のはがれた、剥き出しのコンクリートに囲まれた部屋で

指先が震えるのは単に寒さの所為と言い訳する。

絡んでしまった、熱を帯びた視線は無理矢理剥がした。

たとえ運悪く何故か互いに動くのを忘れ、息すら忘れそのまま予期せぬ時間が流れてしまったとしても、だ。

口付けは、交わさ無い。



空いた間を誤魔化すように、下に敷かれたまま男が呟くのはいつも同じ科白、


「煙草」

「よくこの状態でアンタわいつも」

「るせェよ」



わざと、深く押入って手を伸ばす。

「……ッ」

ハイライトに噛み付き火をつけた。

「動く、なッ」

「しゃー無いべ?」

煙吐き出しながら、口の端吊り上げ。

男に渡し、呼吸一つ分待ってから取り上げ空き缶に放り込む。

「……さっさと終わらす、ぞ」

そう、言い放たれれば焦らしたくなるのは当然の心理、ゆるゆると揺らせば舌打ちが返る。

「文句あンならアンタ動けよ」

「面倒くせ、ェ……っ」




目の前、の顔は痛み堪える時に似た表情、浮かべるから

胸を合わせて頭抱え込み、視界から外して揺さぶりを掛けた。




「……ッく、あ」

耳の後ろ、で吐き出された声は狭い部屋の中、こもる。

何か求めるよう絡んだ腕は背の、薄い皮膚を掴む。

首筋、牙をたて

―――――加速する。


















窓の外、吼え続ける野犬の声は狭い部屋の中に木霊して

まるですぐそこで鳴いているかのようだ。

意識の隅に聞きながら眠りに沈んでいこうとしていたのを、掴みあげたのは先程まで

声、噛み殺していた男の手の感触。

重いと一言、肩を乱暴に押される。




「……出てけ」

「……眠い」

「ざけンな」




とりあえず身体を離し、男の隣に転がったが起き上がる気力が今一つ湧かず。

再び目を閉じた。

「……メンドくせ……」




ごり、と

側頭にあてがわれた硬い感触、それが何かは見ずとも解る。

それでも動かずにいると、セーフティ解除の金属音。

銃口、突きつけられることにもはや緊張は無い。



だが例えばここで眠ったとして

男が追い出すのを諦めたとして

明日の朝手に入るのは面倒さと、それから。




「……はーいはいはい出てきますよー」

おざなりなリアクションを取り

数秒の後、わざとゆっくりとした動作で倦怠感に包まれた身をおこす。

丸まったティッシュ散乱した床、膝に穴の開いたジーンズを拾い上げた。

裸足に冷えたブーツ、足を突っ込んだところでふと

シーツの上無造作に放られた拳銃が目に入る。

手を伸ばしても男は気付かず、眠る体制のままだ。




悪戯心が頭をもたげる。

無言のまま銃を手にした。



こんな小さなもので、指に力を込めただけで

人を殺せるというのだから笑わせる。







目を閉じた男の腹の上乗り上げ、左胸銃口押し当てた。




「……たるんでンじゃ無ェの」

驚いた風など欠片も無い、男を見下ろして口の端持ち上げれば

「……常に緩みっぱなしの貴様の顔見ながら真剣になんざなれるか」

忌々しげではあるがやはり緊張感の無い返答。



「ナメてんの俺の事?」

野犬がひときわ煩く声をあげた。

銃口の丸い、痕が残りそうなほど強く、心臓に押し付けてみるが。

「相手すンのも面倒臭ェ」

男は眠たげに目を細めるだけだ。



「アンタ基本姿勢マグロね」

「穴がありゃ喜んで入ってくトラブルメーカーよりマシじゃねえか」

「虎穴に入らずんば、って言葉知ってる?」

「君子危きに、って言葉アタマに突っ込んどけ」

「トラブルメイカーと寝る奴のセリフじゃ無ェな」

「……。全くだな」

眉根に皺寄せるいつもの顔で男は続ける。

「三秒だけ待つ。出てけ」

「アンタにしちゃ長いな」

「3」

「三秒あったら死ねるぜ?」

「2」



がちり、と。

安全装置を解除する。

その振動にも、男は躊躇しない。

両手でグリップ握り締める。



「1」



酷く煩い野犬の声を聴きながら、引き金に指を掛けた。



「ゼ、」













―――――男は、それ以上言葉を紡ぐことは無かった。




































「……びっくりした?」




目を見開いたままの男を、顔近づけたまま嗤う。




「どんな気分?」




返答は、無い。




「飼い犬に手を噛まれた、みたいな?」




用済みの拳銃、ベッドの上放り出した。













「まさかファアストキッスとか言わ無ェだろうな。笑うぜ?」






「…… ! 」

数秒の後、心神喪失から回復した男の振るった拳を、避ける。



「てめ、え……!!」

なお、追ってくる寸隙を交わしベッドから降りた。

床からシャツを拾い上げ、煙草を見もせずに引っつかんで扉を開ける。

廊下に出てから振り返れば、怒りに頬を染めた男の顔が拝めた。

「おやすみ」

してやったりと自然笑みが浮かぶ。

「死ね……!!」

声を遮るよう、閉じて背にしたドアの向こう、

四発分の銃声が聞こえた。



笑い声噛み殺しながら煙草を噛んで気付いた、常と違う香り。

「あれま」

間違えた、と手の中、赤い箱を見詰める。

だが怒りを買ったばかりの今の今だ、引き返す気など起こる筈も無い。

そのまま煙吸い込めばやけに苦い、眉根を寄せて自然、男の顔とその、一瞬の唇の感触思い出し



苦笑した。













            ж







野犬の声が気に障る。




口元拭うが苛立ちは収まらぬ。

枕元の棒状精神安定剤を一本、噛むように咥えてから気が付いた、指先の震えは無論寒さの所為だ。

それ以外に何があると、更に強く煙草を噛めば千切れて白い掛け布に落ちた。

舌打ちと共に唇の間、残ったフィルターを床に吐き出す。

新たな一本に火をつけ吸い込み、常と異なる、それなのに馴染んだ香り。

震えの収まらぬ手で箱を掴み見れば、薄闇の中でも青いことが知れた。

「バ河童……!!」

慣れぬ味と、覚えのある匂いにざわつく

胸の内、煩わしい。



「くそ……!!」



隣室の、壁に向かって煙草の箱、力一杯投げつける。

床に落ちた酷く軽い音は

今やまるで耳元で鳴いているかのような野良犬の吠え立てる声にかき消された。






















                                                end.

 

 

 

 

 

 

 

 

保志様、素敵な作品をありがとうございます。

当サイト初の頂き物です。

大事に大事に掲載させて頂きますねv

 

 

 

 

 

 

 

 

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