兵どもの夢の先    

 

 

 

 

 

 

 

西への旅が終わった。

長かったのか短かったのか、半年経った今でも悟浄には分からなかった。

八戒は悟浄の家には住まず一人で暮らし始めた。

僅かな荷物を持って出て行く時に見せた含みのある微笑の意味はまだ聞いていない。

悟空は三蔵と共に寺に戻りはしたが、あの旅で誰よりも成長した悟空にとっては狭すぎたようだ。

偶に帰って来るぐらいで修行と称しあちこちを廻っている。

そして、三蔵。

 

 

 

 

 

 

三蔵とは寺との分かれ道で「じゃあな」と言葉を交わして以来、一度も逢っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

旅に出る前は賭博で生計を立てていた悟浄だったが、

<命>を賭したあの旅の後では賭けるものが<金>の賭博はする気にならなかった。

かと言って働けるところはそう多くも無く、落ち着いた先は一軒の酒場だった。

カウンター席と三つのテーブルしか無い小さなバーだったが、客層は良く働きやすい。

毎夜、客の世間話に付き合い酒を作り続け、充実感は無くとも静かな日々。

時折客の噂話から漏れ聞こえる『三蔵』の名前に少しばかりの息苦しさを覚えたとしても許容範囲だった。

 

 

そんな静かな日々を送る悟浄に一石を投じたのはやはり八戒だった。

何の前触れもなくいきなり訪れ玄関を開けるなり、

 

「情けない」

 

と吐き捨てたかと思うと呆気に取られる悟浄を尻目に部屋の掃除を始め洗濯、食事の支度までした。

その間悟浄はと言えば、何も言えずただ八戒の動きを目で追うことしか出来なかった。

一通り家事を終え悟浄の前に腰を下ろした八戒にようやく悟浄が口を開いた。

 

「・・あのよ、しょっぱなのあの一言は何だったワケ?」

 

「そのままの意味ですけど?」

 

「あそこまで言われる程、ヒドい部屋じゃなかったと思うケド。お前ほどじゃねぇけど掃除はしてたぜ?」

 

八戒は大袈裟なぐらい大きな溜息を付いた。

 

「情けない上に本当に鈍い人ですね」

 

全く意味が分からなかったが悟浄はそれ以上聞くのはやめておいた。

それから久しぶりに二人で早めの夕食を取り、悟浄の出勤時間に合わせ八戒も帰って行った。

帰り際、綺麗に包装された小さな箱を「プレゼントです」と渡された。

壊れそうな物では無かった為取り敢えずポケットに捻じ込み悟浄は店へと急ぐ事にした。

 

 

 

 

店へ着くとまず開店準備を始める。

大した時間は掛からないがそれでも酒のチェック、グラスの用意、軽く掃除などしていく内にポケットの中の存在は忘れていた。

思い出したのは閉店まであと一時間といったところだった。

仕事の合間に開けてみる。

 

 

 

 

 

 

 

包装紙の中から出てきたのは半年前までは見飽きるぐらい見てきた赤と白の煙草だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

フィルムを剥がし一本取り出し火を点ける。

旅の途中で間接的に何度も味わった自分のとは違う味。

立て続けに数本吸った。

自分はこの半年間何をしていたのか、と悟浄は思った。

 

 

 

閉店まであと三十分。

客に閉店後別の店へと誘われたがやんわりと断る。

朝一番に行かなければならない処がある。

 

 

閉店まであと十五分。

店のドアが開いた。

閉店間際に、と舌打ちしたい気分を堪え顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

入り口に立っていた男は朝見る筈の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男は薄暗い照明の中で目が合うと真っ直ぐカウンターまで来て座った。

 

「何でもいい、一杯寄越せ」

 

あの頃と全く変わっていない尊大な口調だった。

悟浄は酒を注いだグラスを前に置いた。

 

「変わってねぇなぁ」

 

「変える必要なんかあるのか?」

 

法衣姿ではない三蔵がポケットを探るのを見て悟浄は灰皿も置いた。

思った通り三蔵は煙草を出した。

だがその色は予想を裏切りくすんだ青い色をしていた。

悟浄の視線の先を見て三蔵が言った。

 

「寺のモンに使いを頼んだら間違えて買ってきやがったんだ」

 

「どこをどう間違えれば赤と青を間違うのよ?」

 

「知らねぇよ、俺が聞きてぇ」

 

その青い煙草を三蔵が軽く振ると一本浮いてきた。

 

「吸ってあンじゃねぇか」

 

「俺はモノを粗末に出来ねぇ性分なんでな」

 

火を点け一口吸い、

 

「あー、クソ不味い」

 

と煙と共に吐き出した。

悟浄もポケットから煙草を出し一口吸い、

 

「あー、クソ不味い」

 

とニヤリと笑った。

三蔵の顔にも似たような笑みが浮かぶ。

悟浄は自分が吸った煙草を三蔵に咥えさせ、三蔵が指先に挟んでいたのを取り上げ吸った。

 

「やっぱ、コレだな。そっちはアンタから味わうってコトで」

 

「ヘタレ河童が何言ってやがる」

 

「あら?もしかして待ってた?」

 

「誰がてめぇなんざ」

 

三蔵は鼻を鳴らし大きく煙を吸い込んだ。

人を小莫迦にするその癖も変わっていなかった。

三蔵がこんなに偉そうなのはその地位があるからではない。

ただの小坊主でも同じようにするだろう。

だから三蔵に旅が終わって一度も逢いに行かなかったのは、決して身分に引け目を感じたからではない。

 

「朝の早い坊主がこんな遅くに大丈夫なのかよ。もしかしてクビにでもなった?」

 

「なるか、ボケ。明日はムカつくことに半年振りの休みだ」

 

その『ムカつくこと』にかかるのは、

吸った煙草によって想い浮かんだ男にか、それともその為に休みの前夜にここまで来てしまった自分自身にか。

きっとどちらもだろう、と悟浄は見当を付けた。

 

 

もう閉じ込めておかれる必要の無くなった想いが勝手に噴き出てくるのを悟浄は感じた。

旅の長さは分からずとも、この半年間は間違い無く長かった。

その長さの分、噴き出す勢いは凄まじかった。

旅が終われば何もかもが終わってしまうのだ、などと何故思ったのだろう。

そして終わらせることが出来る、などと何故思えたのだろう。

たかだか煙草一本で外れる鍵など何の意味も無い。

 

「その休みに寺に帰る気は無ぇんだろ?」

 

「帰る、つったら?」

 

悟浄は答える替わりにあの頃と同じ笑みを浮かべ三蔵の唇から赤い煙草を味わった。

客の視線は気にならなかった。

 

「てめぇも変わってねぇじゃねーか」

 

「思い出したんだよ、今日」

 

「随分長いことかかるな、そのまま思い出さねぇ方が良かったんじゃねぇのか」

 

「それはやっぱ無理みてぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<西へ>の目的が無くなったとしても、

生きている限り<明日>がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                    fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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