大切なものなど持たないと決めていた。
守れる強さも失う覚悟も持たぬ自分にはその資格も無い。
移りしは、空の色と
まだ夜明けも完全では無いと云うのに目覚めてしまった三蔵は部屋をぐるりと見渡した。
空は漆黒から蒼へと色を変え始めており、カーテンの無い窓からその色が部屋にも入ってきていた。
向かいのベッドでは悟空が布団を蹴飛ばし大の字で眠っている。
相変わらずの寝相の悪さだ。
その横は八戒とジープだった。
悟空と違い乱れが全く無く、昨晩眠りについた時と同じと思われた。
寝返り一つ打っていないのではないだろうか。
ジープは八戒の足元で丸くなっていた。
八戒なら蹴られる心配が無いせいか安心して眠っている。
隣のベッドに目を遣るとちょうどそのベッドの主の悟浄がこちらに寝返りを打った。
上になった右腕が布団の上を何度か彷徨った後動かなくなった。
三蔵はふと一人で旅をしていた頃を思い出した。
掌に納まる小銃のみを持ち、自分以外の何者も信じずに歩いた頃を。
一人の時は勿論、傍に気配がある時は尚の事全神経を逆立てこの身を守ってきた。
今、目覚めるまではどうだったであろう。
悟空の布団がずり落ちる音も悟浄の寝返りの音も全く記憶に無い。
数年の間に変われば変わるものだと可笑しくなった。
もしこの中の一人でも失った時自分はどうなってしまうのか。
過ぎった考えに背筋に嫌な冷たさを感じ三蔵は隣のベッドとの間にあるサイドテーブルに手を伸ばした。
煙草を掴もうとして手が止る。
先程まで眠っていた筈の悟浄の目が開いていた。
いつから、と声を出そうとしたところを悟浄に止められた。
黙って見ていると唇に当てた人差し指を離し、向かいのベッドを指差す。
八戒がどうしたと云うのか。
視線を悟浄に戻すと口を動かしている。
だが何と言っているのかまでは読めない。
三蔵も声を出さずに訊き直した。
何度見ても読めない。
それでなくとも目が悪い三蔵にこの薄明かりでは無理も無かった。
次第に三蔵は苛ついた。
「分かんねぇんだよ!」
「だから!八戒が起きてるぞって言ってンだよ!!」
「何?メシ?!敵襲?!!」
思わず出た二人の大声に反応して悟空が飛び起きた。
「いいえ、どっちも違います。まだ寝てていいですよ、悟空」
横になったまま八戒が答えると悟空はそのままバタッと後ろに倒れあっという間に寝入ってしまった。
「てめぇがまどろっこしいことするからだ」
「人が親切に教えてやったンじゃねぇか」
「八戒が起きてたらどうだってんだ」
「アイツ、灰がどうだの何だのとうるせぇだろーが」
「言われてんのはてめぇだけだ」
「何でオレだけなのよ?!」
「知るか」
収まらない三蔵と悟浄の小声での言い合いに八戒が静かに口を挟んだ。
「二人とも、今日居眠り運転してもいいですか?それと悟浄、人を小姑みたいに言わないで下さい」
実際小姑のようだと思ったが、三蔵は口には出さず黙って横になった。
吸い損ねた煙草に心を残しつつもこんな事で八戒に挑むほど愚かでは無い。
隣の悟浄も大人しくなった。
失う覚悟が持てる程度のものなら真に大切なものでは無い。
認めたくなくとも既に持ってしまったものは今更捨てることも叶わない。
もしこの内の一人でも。
その時果たして自分は。
考えても答えが出る筈は無い。
失う覚悟を持てぬというのはそう云う事だ。
白みを帯びてきた空と部屋の中で三蔵は瞼を閉じた。