ZERO
目の前にある世界は白ただ一色だった。
前も後ろも左右上下全て白、白、白。
今朝の天気は快晴とまではいかずとも、悪くは無かった。
しかし宿の主人は「この天気は今だけだ、その内降ってくる」と忠告した。
その言葉を聞いて八戒は勿論、悟空ですら三蔵を止めた。
以前、吹雪の山で大変な思いをしたことがあったからだ。
それでも止める三蔵ではない。
何とか思い留まらせようとする二人をよそに三蔵が支度を始めている。
その様子を黙って見ていた悟浄も準備を始めた。
やがて八戒と悟空も説得を諦め、出発することとなった。
八戒も悟空も何も自分が辛いから出発を止めようとしたのではない。
三蔵の身を案じてのことだった。
そして、やはり忠告通り吹雪になり今に至る。
悟浄は、共に歩いている筈の三人ですら見えない様な猛吹雪の中で顔を歪ませていた。
暫く前から誰も言葉を発していない。
ここで自分が遅れても誰も気付かないかも知れないな、と更に顔を歪ませた。
悟浄は先日の戦闘で怪我を負っていた。
他の三人は無傷であり、自身大した怪我ではない、と黙っていた。
それに、目敏い八戒が気付かなかったか、気付いていたとしても何も言ってこないところを見て、やはり軽傷だと思った。
だが、この天候の中での長時間の歩き詰めに軽傷だった筈の傷は悪化していた。
顔も四肢も凍る程に冷たいが、腹に負った傷だけは燃えるように熱い。
額からは油汗が滴り落ちる。
こんな処で倒れでもしたら、自分一人怪我を負ってしまった事より情けない、と悟浄は苦笑した。
三人に何を言われるか。
想像はつくが。
雪は止む様子は全く無く、より一層強くなっている感すらある。
油断すると気が遠くなる。
何度目かの意識の喪失感に耐えたその時、悟浄は隣に気配を感じた。
三蔵だった。
「てめえの莫迦っぷりにはほとほと呆れる」
暴風雪と雪を掻き分ける音に紛れながらも微かに聞こえた。
気付かれたか?
悟浄は思ったが、シラを切り通すことにした。
「それはアンタだろ、偶には人の言う事、素直に聞くモンだぜ」
三蔵の方に顔を向け答えた。
「黙ってたくせしやがって何を今更」
「言って聞くアンタじゃ無ェからな」
三蔵もちらりと悟浄の方に顔を向けた。
そして、
「判ってんじゃねぇか」
と唇の片側を吊り上げた。
言葉は目に見えないなんて嘘だ。
こんなにもはっきりと見える。
三蔵が口を開く度、言葉は白く形を持ち空気中に吐き出される。
音となって聴こえてきた言葉以外にも、聴こえる事のない言葉を悟浄は見たような気がした。
同じ白でも雪と見間違う事は無いだろう。
やがて悟浄と三蔵の二人は無言になり、歩き続けた。
三蔵が悟浄にしてやれる事など何も無かった。
同じく悟浄が三蔵にしてやれる事も何も無かった。
そんな事は二人共とうの昔に知っており、また望んだ事も無かった。
悟空が声を上げた。
「街が見えてきた!」
他の三人にはまだ見えなかったが、悟空が見えたと言うのならそうなのだろう。
三蔵は前に行き、替わりに八戒が悟浄の隣に来た。
「悟浄?」
今、顔を上げる訳にはいかなかった。
八戒には見せられない。
倒れる事無く歩き通せたことに悟浄は安堵し、今夜の宿は個室であることを願った。