『三蔵!ああよかった…』
耳に届いた声は、表示通り八戒のものだった。
『こんな朝早くにすみません。まだ寝てましたよね』
こんな八戒の声を三蔵が聞いたのは初めてだった。ひどく慌てている。三蔵は電話に出たことを後悔した。だが、出なければもっと後悔することは分かっていた。



「三蔵、今日僕の友人も一緒にいいでしょうか。さっき電話がありまして」
一瞬迷ったが、たまにはいいだろうと三蔵は承諾した。場所を教え、三蔵と八戒は店で待つことにする。一杯目のビールを飲み始めて間もなく、八戒の友人は到着した。
現われた男はおそろしく派手な男だった。
そして、その外見に負けないほど賑やかだった。
「よ、久しぶり。悪ぃな邪魔しちゃって」
テーブルに向かう間にその男が頼んだビールは座ると同時に届いた。ジョッキを傾け喉を鳴らしながら飲む干すのを待って、八戒が口を開いた。
「三蔵、僕の友人の悟浄です」
同じように、八戒は悟浄にも三蔵を紹介した。
「八戒から聞いてたけどホント美人ねー」
その一言に見るからに不機嫌になった三蔵を見て「あら、もしかしてそう言われんの嫌い?」とのんびりとした口調で悟浄が問い掛ける。
「普通、嬉しかねえだろ」
「そ?八戒は違うけどな。つか『何を今更そんな当たり前のことを』らしいぜ」
「ちょっと、僕がナルシストみたいに言わないでくださいよ。冗談に決まってるじゃないですか」
「お前の冗談は冗談に聞こえねえんだよ」
店内はほぼ満席で騒々しかった。たった今も、後ろから甲高い声が響いてきた。男女四人のそのテーブルではどんな話で盛り上がっているのか、先程から耳障りな超音波並の笑い声が途切れることはない。
三蔵と八戒がこれまで行った店は、和洋中の違いはあれど、どこも例外なく静かだった。数年振りに入った居酒屋で、三蔵は酒よりもその喧騒に酔いそうだった。自然、元より少ない口数が一層減り、会話は殆ど八戒と悟浄の二人で交わされている。だが、つまらなかったのかといえばそうではない。むしろ、興味深く二人を見ていた。
「おっと、オレはそろそろ行くわ」
半時間ほど経った頃、悟浄がジョッキに残っていたビールを一気に飲み干し立ち上がった。財布から何枚かの札を出し、テーブルに置く。
「ついさっき来たばかりじゃないですか」
「んー、まあ色々あんのよ」
「また仕事溜めてますね。面倒なこと後回しにするその癖、いい加減直した方がいいですよ」
「そうなんだけどよ、どうもちまちまとした作業って向いてねえんだよな」
じゃあまた今度ゆっくりな、そう言い置いて帰ろうとした悟浄が振り向いた。
「忘れるところだったぜ。これ渡しに来たんだった」
悟浄はポケットから二つの小さい紙包みを取り出し、八戒と三蔵の二人の前に差し出した。
「土産。持ってると幸せになれるんだってよ。三蔵サンにはお近づきのしるしに。ま、よくある類のモンだけどな」
目の前に出されたそれを受け取ると、悟浄は二人の礼も待たずに離れていった。残された八戒と三蔵は、それぞれを開けてみた。中に入っていたのは藁のようなもので作られた十センチほどの人形で、頭には髪として細い紐が付けられている。紐の色はそれぞれ違っており、八戒のは緑色で三蔵のは黄色だった。目鼻口はついていない。
「彼、雑貨のバイヤーやってるんですよね。で、たまにこうやって買い付けに行ったお土産をくれるんです」
掌の人形に目を落としたまま、八戒が説明する。三蔵は何と答えてよいのか分からず黙ったままでいた。人形にはぶら下げられるよう紐がついていたが、大抵の男と同じく三蔵にもこういったものを持ち物に付ける趣味はなかったし、何かに自分の幸せを託す気持ちも持ち合わせていなかった。
「これはまだいい方です」
顔を上げた八戒の顔には苦笑いが浮かべられており、それに合わせるように三蔵も口元の軽い痙攣にも見える引きつった笑みで応えた。
「すみませんでした。なんだか僕達だけで話しててつまらなかったですよね」
「いや、なかなか面白かった」
「ええ、彼は見た目がああなんで誤解されやすいですけど、面白くて凄く気のいい人なんですよ」
三蔵が面白いと言ったのは悟浄のことではなかった。こういった形で会ったのでなければ、恐らく五分と一緒にいなかったのではないだろうかと思う。悟浄は三蔵がもっとも苦手とするタイプの男だった。面白かったのは悟浄と話す八戒の方で、三蔵はこれほどまでに素の八戒を初めて見た。だが、八戒の勘違いを訂正はしないでおいた。
「悟浄は僕の…唯一の友人です」
そう言った後で「今は三蔵もですけど。なーんてそう思ってるのは僕の方だけだったらどうしよう、恥ずかしいなあ」と笑った。



『三蔵、落ち着いて聞いてください』
取り乱した声の八戒が前置く。
『悟浄が…。悟浄が死んだそうです』
続いて聞こえてきた言葉を三蔵は冷静に受け止めた。電話が鳴った時からどこかで予想していたのだと思う。
昨夜作ったカレーは冷蔵庫にしまってあった。














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