帰宅した三蔵は、ソファに腰を下ろした。ポケットから取り出した煙草に火を点ける。何もする気が起きず、ぐったりとソファに背を預けると、まるで瞬間接着剤でくっついたかのように動けなくなった。煙草を口元に運ぶ手も重く感じる。しんと静まりかえった家の中は、自分の家なのによそよそしい感じがした。
煙草の灰が今にも落ちそうだ。
重力に逆らうのはこれほど労力が要るものだったかと思いながら身体を起こしたが、限界まで伸びた灰はその振動でぽとりと落ちた。思わず舌打ちが出る。乱暴に煙草を灰皿に押しつけて三蔵が立ち上がったその時、ガチャリと物音がした。
音の出処は玄関を入ってすぐ右、悟浄の部屋からのようだった。



最近では、もっぱら三蔵と悟浄だけで会うことが多くなっていた。八戒と違って二人には同居人もおらず自由で、それに何より互いの家が近かった。
「今から行ってイイ?ってもう向かってる」
「誰がいいと言った」
「お土産あるけど」
「何だ」
「えーと」
ガサガサとビニール袋を探る音がし、「最中だってよ。旅行土産の貰いモンだけどな」と悟浄が答えた。
「来て良し」
「あと5分で着くから」
電話を切って間もなく悟浄が三蔵の家に着いた。手にしたビニール袋には缶ビールと電話で言っていた最中の箱が入っている。受け取った三蔵は、早速食べ始めた。
「あわび、入ってねえじゃねえか」
「それ、あわびの形してっからあわび最中っつうんじゃねえの?大体、あわびと餡子って合わねえだろ」
「いちご大福は美味いぞ」
「いちごと一緒にすんなよ。つうかオレに言われても困るんですケド」
腑に落ちない顔をしながらも、三蔵は立て続けに三個も平らげた。悟浄はテレビを観ながらビールを飲んでいる。毎回そうだが、一体この男は何をしにやって来るのだろうと三蔵は思う。特に用事がある様子もなく、ましてや今日のように冬を間近に控えた冷え込む夜によく出かける気になるものだ。面倒くさがりの上に寒がりの三蔵には考えられないことだった。
それにしても肩と首が痛い。かなり凝っている。一日中パソコンの画面を睨み続けたせいだろう。三蔵は瞼や目頭を押してマッサージをし、そのまま目を閉じていた。
ほんの少しの間のつもりだったが、いつの間にかうとうとしていたようだ。ふと気配を感じ目を開けると、悟浄の顔がすぐ目の前にあった。
「寝てんのかと思った」
「寝てねえよ」
「まつげ、長えな」
「何の得にもなりゃしねえ」
「あ、餡子」
そう言ったかと思うと、悟浄が三蔵の口端をぺろりと舐めた。何をされたのか理解する暇もなく、再び悟浄の顔が近づいてくる。軽く唇に一度触れた後、離れてはまた触れる。何度もそれが繰り返される間、三蔵はずっと目を閉じていた。初めは反射的にだったが、その後も閉じ続けたのは三蔵の意思だった。
嫌だと感じなかった。
男女の区別なく、他人に触れられるのは三蔵にとって不快でしかない筈だった。
それなのに、悟浄の髪が頬を撫でるのも、吐息がかかるのも、何一つ嫌だと感じなかった。



三蔵が悟浄の部屋のドアを開けると、暗闇の中でビデオデッキが小さな光を放ち動いていた。部屋の中に入り、電気とテレビを点け、録画しているチャンネルに合わせる。放送されていたのは、ワールドカップ予選のサッカーの試合だった。
『観る時にはもう結果出てるだろ』
『ニュース観ないようにするからいいの。あ、アンタも観ても絶対言うなよ』
『さてな。何しろ俺は忘れっぽいからな』
『根に持つねえ。だからあれはそういうんじゃなくて』
『ならどういうんだよ。涙流して笑ってたじゃねえか』
『そりゃ笑うだろ。頭の上に眼鏡乗っけたまま眼鏡が無いって探してんだぜ?素でやってるヤツ初めて見たわ』
『やっぱりバカにしてたんじゃねえか』
『だから違うって。あーもーとにかく機嫌直せって。お土産買って来るから、な?』
悟浄が出張前に慌しくビデオを予約をしていた事を思い出す。子供じゃあるまいし、大の大人が土産ぐらいで機嫌を直すわけがないだろう。
三蔵は、悟浄の部屋で全く興味のない試合を観た。ルールも選手も何も知らない。それでも試合終了まで観た。ただ結果が知りたかった。














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