悟浄が自分と共に過ごした夜は殆ど寝ていない事に三蔵は気付いていた。
その翌朝はいつも何か言いかけて半端に開かれた唇がまた閉じられる事にも。
一体何度そんな事が繰り返されただろうか。
今朝もまたいつもと同じように閉じられると思われた唇は遂に言葉を発した。
「先に帰っててくれ」
朝食を終え出発する為にジープに乗り込む時だった。
片足をジープにかけたまま悟空がすぐに反応する。
「先に、って何で?」
「・・・探しモンがあんのよ」
「それならみんなで探した方が早いじゃん。手伝ってやるよ」
苦笑して悟浄が横を向き俯いた。
「それが何なのかオレにも分かんねーのよ。それにな、オレ自身で見つけなきゃなんねぇモンなんだ」
顔を覆う髪で表情は良く見えないがその口調は決して晴れやかとは言えないものだった。
感情を誤魔化す事に長けた悟浄にしては珍しい。
黙って悟浄と悟空のやり取りを聞いていた八戒が静かに口を開いた。
「帰って来るんですよね?」
悟浄が顔を上げ「ああ、帰る」と答えると八戒は視線だけで問い掛けてきた。
それに応えて、
「本当にいいんだな」
と訊くと悟浄は一瞬唇を強く噛み締めた後はっきりと答えた。
「ああ、決めた」
ならば自分にはもう言うことは無い。
三蔵は定位置の助手席に乗り込んだ。
八戒が荷物を漁って何か取り出し悟浄に渡す。
「傷薬や風邪薬です。こっちは非常食。無事に帰ってきて下さいね。
それからこれ少ないけど餞別です。餞別っていうのも何かおかしいですけど」
つくづく細かいところによく気付く男だと思う。
「三蔵!八戒!いいのかよ!!」
「悟空、悟浄には悟浄の考えがあるんでしょう。先に帰って帰りを待ちましょう」
八戒は自分や悟空よりも悟浄とは長い付き合いだ。
それだけに誰よりも悟浄の気持ちは分かっているのだろう。
「・・・・けど、やっぱみんな一緒がいいじゃんか・・・・・・・・」
「ンな顔すんなって」
いつにない雰囲気の悟浄につられてか視線を落として呟く悟空の髪をぐしゃぐしゃとかき回す悟浄。
「ガキ扱いすンなよ!」とそれを払い除ける悟空。
暫くはこんな光景も見ることは無くなる。
「あ゛ー!もう帰って来なくていいかンな!!」
悟空がジープに跳び乗り、八戒が「じゃあ、気を付けて下さいね」と最後に声をかけジープは走り出した。
後部席で悟空が何度も振り返る気配と背中に遠くからの痛いほど突き刺さる視線を三蔵は感じていた。
「帰って来ますよ、絶対に」
運転席からの声に顔を向けたが八戒は正面を向いたままだった。
悟浄がこれから何を見付けるにせよ八戒とは今と変わらず再会出来るだろう。
悟空もそうだと思う。
果たして自分は。
またしても失うことになるのだろうか。
今度はこの青天の朝に。
尚も突き刺さる視線に漸く振り返ったが三蔵の目には悟浄の姿はもはや遠く霞んでいた。