冷静に考えればかなり奇異な光景だろう。
悟浄は身動き取れないまま思った。テーブルの上の煙草は今やはっきりと見えている。いつもは何を置いても真っ先に手に取る筈が、今は動けずただ見ているだけしか出来ない。否、正確に言うならば、動けないのではなく、動きたくないのである。
誰が、と言っても二人の内のどちらかしかいないのだが、落ちていた毛布を拾い上げ、いつの間にかソファで並んで座ったまま眠っていた。毛布の下の繋がれた手はほどけそうに緩く、重ねているだけと言ってもいい。友というのは手を繋ぐものだろうか、などと女子中学生じゃあるまいし有り得ない事は重々承知の上で悟浄はその可能性について考えてみた。当然の事ながら、見た事は無かった。いやもしかしたら人目に付かないところでは有りかも知れない、と何とか僅かな望みに賭けてみたがやはりどう考えても有り得ないものは有り得ない。愚にもつかない事をうだうだと考えている内に三蔵が起きてしまい、悟浄は咄嗟に眠った振りをした。
三蔵はいともあっさりと身体を起こし、煙草を吸い始めている。起きるタイミングを完全に逸した悟浄は、仕方無しにさも今目が覚めたかのように「・・・はよ」と言い、身を起こした。

「ああ」

三蔵の挨拶はどうやら一種類しか無いらしく、『おはよう』でも『ただいま』でも『ああ』以外の言葉が返ってきた試しが無い。それに関してはとうに慣れきっており別段何とも思わないが、夜が明けた今、悟浄は晒した情けない姿に居た堪れなさを感じていた。涙は見せずに済んだのがせめてもの救いだ。だが、例えもう一度時間を巻き戻せたとしてもきっと同じ事をするだろう。

「通夜は今日か?」
「ああ。オレは行かねぇけどな」

顔だけ向けて自分を見た三蔵に悟浄は苦笑し答えた。

「ちげーよ。別に恨んでも憎んでもいねぇ」

その通りだった。それが出来れば今までもう少し楽に生きてこれただろうに。
ふと、悟浄は義母は楽になれただろうかと思った。その生を終えた今、自らを苦しめ続けてきた全ての思いから解き放たれただろうか。そうであればいい、そうであって欲しい、と思った。
もう蹲る子供はどこにもいない。

「・・・嫌い、にゃなれなかったな」
「いいんじゃねぇのか。無理になる必要もねぇだろう」

さらりと言ってのける三蔵はどこまでその言葉の力を理解しているのだろう。悟浄はそれまで自分を縛り付けていた鎖が一本また一本と外れていくのを感じた。と同時に三蔵への情の名前ももはや誤魔化せない事に気付いた。




     *****




悟浄自身には性的嗜好に偏見は無かった。むしろ開放的意見の持ち主であった。当人同士の合意の下であれば、同性愛であろうがSMであろうが、一向に気にしない。が、それを如何に他人事として捉えていたかを思い知った。当事者にとってはその嗜好がノーマルであったとしても、世間的にはアブノーマルに分類される。理由はいたって簡単、少数だからである。一方がどれほど想っても、相手にその嗜好が無ければ想いが遂げられる事は決して無い。

「・・・前にも増して帰りが遅いな」

すっかり眠っているものと思っていた三蔵から声を掛けられ悟浄は驚いた。

「え?あ、ああ、年末だからな。忙しいのよ」

内心の動揺を隠して悟浄は返事をし布団に潜り込んだが、自分でも不自然だった事は否めなかった。恐らく三蔵も何かあると感づいたに違いない。だが、悟浄が隠したい事はたった一つで、それにさえ気付かないでいてくれるのであれば構わないと思った。
何があろうともそれだけは隠し通したい。
隠し通さねばならない。
三蔵はそれ以上何も問わなかったが眠ったかどうかまでは定かでは無く、悟浄は溜息吐く事すら憚られるような空気にその思いをより一層強くした。














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