手探りで玄関の灯りを点けた悟浄が見たのは片隅に転がった鍵だった。その意味を理解するのに恐らく数十秒は要したであろう。

『出てくんならこれで閉めて新聞受けから落としといて』

あれから何週間も経っている。もし三蔵に行く処が在って、行きたいと言うのなら止めはしない。だが、在りはしないのだ。あればとうの昔に出て行っている筈だ。
スローモーションから一転、早送りのような動きで悟浄は部屋の奥へと入り電気を点けた。三蔵は居ない。寝室へと急ぐが、勿論そこにも居なかった。昨日、夜積みの前に一度戻った時には確かにまだこの部屋に居た事を覚えている。
悟浄は部屋を飛び出した。が、道路まで出て立ち止まった。探すあては無く、左右どちらに行けばいいのかさえ分からない。探し出してどうしようというのか、また、それが果たして互いにとっていいのか。ただこのまま放っておく事は出来ない、それだけは確かだった。とりあえず結論を出すのは先送りにして、悟浄は自分が帰ってきた道とは反対の方向へと走り出した。
以前追い出した時に見つけた公園は近隣の住民の雪捨て場と化している。深夜に入れるような屋内施設はこの近辺には無い。第一、人がいるような場所に三蔵が行く事も考えられなかった。
手掛りは何一つ見つからず、時間だけが過ぎていった。




     *****




バス停にある待合所に人影を見つけたのは悟浄が探し始めて三十分以上は経っていただろうか。待合所と言っても雨や風、雪をしのぐだけの為にあるような簡易小屋で入り口にはドアも無い。

「・・・お客さん、最終はとっくに出ましたケド?」

切れた息を整えながら悟浄は入り口に立った。待合所の中には横幅いっぱいに椅子が並んでいるだけで、その一つに三蔵は座っていた。

「・・・だろうな」
「・・・どちらまで?」
「・・・・・」

答えない、答えられない三蔵に、悟浄は中に入り言った。

「・・・帰ろうぜ」

それにも答えず、三蔵は視線を外し横を向いた。悟浄が更に一歩進み近付くとぼそりと呟いた。

「・・・帰る処は・・無い」

座っていた三蔵が立ち上がり出て行こうとした。
一体何の為に隠し通そうと決めたのか。勿論、拒絶を恐れたのも事実だが、この事態を避ける為でもあった筈だ。悟浄は擦れ違う三蔵の腕を掴んだ。

「違う・・・!」
「・・何が違う?」

問われ今度は悟浄が答えに窮す番だった。適当な嘘が出てこない。否、本当は腕を掴んだ時からもう決まっていたのだろう。悟浄は吐く白い息がかかる程の至近距離にいた三蔵の唇に自分の唇を押し当てた。勢い余って歯が当たった。今時中学生だってもっと上手いだろうと思うようなキスだった。

「・・・・・こういう事なんだわ・・・」

もう三蔵の顔をまともに見る事が出来ずに悟浄は俯いた。外の道路を走る車が近付く度に明るくなるのが俯いていても分かる。間隔を空けて通り過ぎる音も聞こえる。沈黙が続き、耳を塞ぎたくなる衝動を悟浄はかろうじて抑えた。それは今許されない行為だと分かっている。
そして漸く三蔵によってその耐え難い沈黙が破られた。

「・・・・・そっちの趣味があったのか?」
「無ぇよ」
「・・・俺もだ」

三蔵の言葉に、これが最後だと顔を上げようとしたところで手が伸びてきた。頬に触れるその手は生きた人間のものとは思えぬ程冷たかった。その冷たさと行動に驚き、悟浄は三蔵の顔を見た。

「今までは」

三蔵は逸らさずに真っ直ぐ悟浄を見ていた。まだ頬の上にある手に悟浄は自分の手を重ねたが、三蔵は逃げなかった。
想像だにしていなかった。叶わぬものと思っていた。
今何が起こっているのだろうか。これは自分が作り出した都合の良い夢の中なんだろうか。
だが、重ねた冷たい手も、反対の手を伸ばして触れた三蔵の頬も、悟浄には現実のものとしか思えなかった。



二度目のキスは、一度目より遥かに柔らかで優しく、そして甘かった。














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