| カウントダウンも騒々しく連呼される新年の挨拶もない年越しは、平日と同じく単なる昨日から今日への延長のようだった。悟浄は何とはなしに見ていた時計から三蔵へと視線を移した。その三蔵は三十分ほど前からうつらうつらとしだし、今はテーブルに突っ伏してすっかり寝入っている。 およそ大晦日とは思えないほど普段通りだった。唯一違った事と言えば年越し蕎麦を食べた事ぐらいで、後はいつもと何一つ変わらない。一歩外に出れば店内の装飾も人々の会話も迎える正月一色の中、二人の住む部屋だけが切り離されているかのようだった。テレビを点ければその向こうではやはり年明けの大騒ぎが繰り広げられているに違いないが、今は点いていない。 三蔵はテレビを見ない。それだけでなく雑誌の類も一切読まない。悟浄は新聞をとっていなかったが、とっていたとしても恐らく読まないであろうと思われた。以前その理由を三蔵は、 『知ってはならない事もある』 と答えた事がある。いつの日か本来の世界へ帰った時に三十年後の世界を知っていてはならないという意味だろう。自分の痕跡を残さぬように、また、この世界に馴染もうとしない三蔵は、来た時同様再び飛ばされた時もすんなりと受け入れるのだろうか。無論、悟浄とてタイムスリップが三蔵の意思に関係なく行われ、いわば三蔵は被害者で何の咎も受ける筋合いではない事は承知している。だが、それでもと思わずにはいられなかった。 「・・・過ぎてんじゃねぇか」 寝入ったものと思っていた三蔵が目を覚ました。その声色は不機嫌そのものである。 「起こしといて欲しかった?」 「・・・別に」 「だってよ、アンタ眠いの起こすとすっげぇ機嫌悪くなっから」 「・・・寝る」 やおら立ち上がると三蔵は寝室に向かった。僅か六畳ほどの寝室は今や寝具に埋め尽くされている。シングルベッド一台に布団が二組。つい最近増えた二組目の布団は呆れ顔の三蔵をよそに悟浄が用意したものだった。上下に分かれていては見えづらい。さして眠くもないがする事もない悟浄は、三蔵と共に並んだ布団へと入った。すぐさま三蔵は再び寝入り、微かな寝息が悟浄の耳に届く。それにつられるかのように悟浄も深い眠りへと落ちていった。 年末年始の休みの内、半日ほど兄のところへ顔を出す為に悟浄は外出した。三蔵にも一応声は掛けたが、予想通り返事はノーで一人で行った。何年振りかになる実家は、記憶にあるものとほぼ変わらず、兄の態度も変わらない。以前と変わったのは悟浄の方で、楽しい思い出など何一つ浮かばぬ家にも兄の笑顔にも、苛まれる事なく穏やかにその時間を過ごせた。 帰りに煙草を買うついでにふと思い浮かび三蔵に土産を買った。土産といっても大したものではないが、思えば初めてであった。 「ただいまー。コレ買ってきたけどしまっとく?」 ちらと見やった三蔵が「今食う」と食べ始めた。 「お前は?」 「オレはあんま甘いモン好きじゃねぇからコッチ」 悟浄は冷蔵庫から取り出したビールを掲げて見せた。真夏と違い暑くもなく、一気に飲むほど喉が渇いていた訳でもなく、三蔵が食べ終わっても悟浄のビールは半分近く残っていた。それを三蔵が横から奪い飲み干す。 「アイス食うと喉が渇く」 「何かビールが不味そー」 「美味いぞ?」 「やっぱ、アンタおかしいって」 笑う悟浄をよそに三蔵は今度は煙草を吸いだした。涼しい顔で満足そうに煙草を吸う三蔵の横で、悟浄は笑いが止まらない。そろそろ止めようと思えば思うほど込み上げてくる。『そろそろヤバイ、三蔵がキレる』と思った途端、首を掴まれ開いた唇の間から舌を差し込まれた。 「美味いだろうが」 ぐるりと口内を一舐めした後、三蔵がふんぞり返るようにソファに凭れかかった。 「もうちょっと味わってみねぇとな」 悟浄はそう言いながら三蔵に覆い被さった。笑いはもう止まっていた。 大晦日だろうが正月だろうが、特別な事は何も無い休みだった。極々ありふれており、そこら中いたるところに転がっていそうだが、一日として同じ日は無い。そして二度と廻っても来ない。 |