| 「おい!」 乱暴に揺り起こされ悟浄は強引に深い眠りの底から引き摺り上げられた。 「・・・んあ?何?どしたのよ?」 目は閉じたまま寝起きの掠れた声を搾り出すと、苛立った三蔵に更に強く揺さぶられた。 「どうしたじゃねぇ!お前、今日は三時起きって言ってだろうが!もう四時過ぎてるぞ!」 「・・・・・あれ?言ってなかったけか?」 「何をだ」 「変更になったのよソレ。今日は昼から」 ぴたりと動きの止まった三蔵に悟浄は目を開けた。が、何やら黒い物体が見えたと思った瞬間それを顔に押し付けられた。力一杯これでもかと押し付けられた物体は枕で痛くはないが息が出来ない。 「聞いてねぇ!」 「ちょッ!待て!!死ぬ!」 左右に顔を振り合間に叫ぶも三蔵の怒りは収まらない。腹立たしいのは分かるがこれでは昼までどころか永遠に眠ってしまう事になる、と悟浄は三蔵の手首を捕まえ後向きに抱き込んだ。 「悪かったって。ちょっと忘れてただけじゃねぇか」 「ちょっと?どんだけ焦ったと思ってんだよ」 「ハイ反省してマス。だからもう暴れないでくんねぇ?」 許す気になったのか諦めたのか漸く三蔵が大人しくなり、悟浄は少し力を抜いたが手は離さなかった。 「離せ。寝る」 大人しくはなったものの三蔵の不機嫌な低い声が聞こえた。一騒動で完全に目が覚めたのはきっと同じだろう。悟浄は首筋に唇を寄せると片手は下へとずらした。再び暴れだしそうな気配に「なあ」と問い掛ける。 「・・・いるよな、きっと。向こうにアンタを待ってる人間が」 思惑通りまだ腕の中に収まっている三蔵の背後から、ずらした片手の動きは止めずに訊いた。暗闇の中顔を見せずに、しかもこの状態でそんな台詞を吐くのは卑怯だという自覚は悟浄にもあった。それにしても答えを聞いてどうなるものでもない問いは何と虚しく響くのだろう。 「悪ィ。忘れて」 言ったところで胸の内に渦巻いた空虚さは払拭できる筈もなく、悟浄は三蔵を弄る手を戯れから本格的な動きへと変えた。的確に捉える悟浄の手と唇に三蔵が応えるようになるまでそれ程時間はかからなかった。やがて溜息とも吐息とも取れる息を大きく吐いた後、背を向けたままの三蔵から先刻の答えが返ってきた。 「・・・いねぇよ」 思わず止めた動きを促され悟浄が続けると、三蔵は途切れがちに、だがしかしはっきりと話し出した。 「誰もいねぇ。俺には親も兄弟も・・・・・」 捨て子だった事、拾ってくれた養父は優しかった事、だが三蔵が中学卒業前に亡くなり資産家だった養父の財産目当ての醜い争いに巻き込まれた事、もろもろを三蔵は吐き出していった。それは文字通り吐くといった様を呈しており、悟浄には止めさせる事は出来なかった。止めればそれはまた三蔵の奥底に澱となって深く沈むに違いない。聞かせる方も聞く方も共に軋む胸を抱えながら次第に深くなる快楽の海に溺れた。それでも尚も紡がれる言葉の数々はさながらうわ言のようで、三蔵自身もはや無意識の内だったかも知れない。 その時縋るように伸ばされた三蔵の手を取る事以外、悟浄に何が出来ただろう。 ずっと傍にいる、と。 決して離しはしない、と。 そう言えたならどれほど良かっただろう。 ***** 道路脇の雪山は日に日に低くなっていた。車道にはアスファルトが見え始めている。とは言え急に寒い日もあったりで、春と呼ぶにはまだ早かった。 その日は雪が降っていた。それでも冬の力は衰え、雪は雨混じりの霙であった。フロントガラスに落ちるそばから融けて流れる霙で視界はあまり良くない。悟浄はワイパーのスイッチを入れた。街灯りが滲んでは鮮やかに光るを繰り返す。夜の帳が下りて間もなくでどこもかしこも光りが溢れている。自宅に近付き悟浄は窓を見た。だが、そこに灯りは無かった。 寝るにはまだ早い。外出も考えられない。となると辿り着く結論は一つしか無い。 春はもう目の前まで来ていた。 |