「・・・あの。沙悟浄さん、ですよね」
「そーだけど・・・」
「何度もしつこく押してすいませんッ!でも、どうしても会いたかったんです!」

ぺこりと勢いよく頭を下げたその少年は“孫悟空”と名乗った。Tシャツにハーフパンツという格好で、高校生ぐらいだろうか。日焼けした顔や腕が健康そうな少年だった。

「あー・・・っと、どっかで会った事あったっけ?」
「いえ、初めてです。俺はあの・・・さん――じゃない、玄奘さん家の隣に住んでるんです」
「・・・ゲンジョー?」
「はい。知ってますよね?玄奘三蔵、です」

悟浄は驚きのあまり言葉を失った。知ってるも何も、つい先刻も思い浮かべていた人物である。
まさか誰かからその名前を聞く事があろうとは思いもしていなかった人物でもある。

「あの・・・。大丈夫ですか?」
「・・・え?ああ、大丈夫。それよか立ち話も何だからとりあえず入って?」

上がって座ってもらったはいいが飲み物も何も無い事に気付き悟浄がそう告げると、少年は自分のデイパックを指差し「持ってるから」と笑った。真夏の太陽が良く似合う、眩しい笑顔だった。

「いきなり訪ねて来てすいませんでした。せっかくの休みなのに」
「いや、どーせ何の用事も無かったし。もしかして午前中にも来た?」

へへ、と困ったように笑った少年に悟浄は少し後悔した。この暑さの中、きっとどこかで時間を潰してからまたやって来たのだろう。可哀想な事をした。

「さ――あっと玄奘さんから住所は聞いてなくて探すのに時間かかりました」
「三蔵でいいよ。それからあんま敬語使わなくていーから。背中が痒くなる」
「良かったー。ずっと“三蔵”って呼んでたから言い慣れてなくて・・・」

ほっとした様子で少年は言った。聞けば呼び捨てで呼べと言ったのは三蔵の方だったらしい。一番最初に『おじさん』と呼ばれ憮然とした表情でそう言ったのだとか。そう言えば三蔵の苗字を聞いていなかった、と悟浄は思った。今の今までそんな事すら気付かなかった。
訊きたい事は山ほどあった。だが、まず何を置いても訊いておかねばならない事がある。

「三蔵は・・・?」

少年は途端に表情を変え俯いた。顔に出やすいタイプのようだ。

「・・・三年前に」
「そっか・・・。あ、幾つだった?」
「えっと、確か五十ちょっとぐらいだったと思ったけど・・・」

どうやら三蔵は三十年前に還れたらしい。正確な年齢も聞いていなかったが、恐らくそれぐらいになるだろう。
三蔵がもういない事は多分分かっていたのだ、本人ではなく少年が現われた事で。大晦日に二人で食べた年越し蕎麦はあまり効果が無かったようだ。もっとも生きていたとして、そこには気の遠くなるような隔たりがある。一口に三十年といっても、人が一人生まれて成人し結婚してまた子供が生まれていてもおかしくない年月である。悟浄にとって僅か半年足らず前が三蔵にとってみればそれだけ昔の事なのだ。埋めようと思って埋められるものではないだろう。
分かっていた事とは言えやはりそれなりにショックはあったようで、山ほどあった筈の訊きたい事はどこか彼方へ消え去ってしまっていた。替わりに、目を閉じた悟浄の瞼の裏には共に過ごした三蔵の姿が次から次へと浮かんでは消えていった。その姿は懐かしいと言うにはまだ早過ぎた。少しも色褪せていない、鮮やかな三蔵だった。
ゆっくりと目を開けた悟浄の前で少年が気遣わしげな表情を見せている。大丈夫の意味を込めて薄く笑うと、安心したように少年は大きく息を吐いた。
悟浄は訊きたかった事の内の一つを思い出した。
自分を知っているという事は三蔵から聞いたに違いないが、一体どう話したのだろう。
出逢い方も、そして自分達の事も、およそ誰にでも話せるような類の話では無いだろう。














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