「『せっかくの誕生日だったのにな』って俺が言ったら、三蔵は『誕生日って言っても本当は五ヶ月余分に生きてるからな』って答えたんだ。どういう意味か分かんなくて訊いたら『未来の世界で五ヶ月暮らした事がある』って」
「それ、信じたのか?」
「うん。だって三蔵は嘘なんか吐かないから」

きっぱりと悟空は言い切った。こんな突飛な話を何の疑いも無く信じる人間がいるとは、と悟浄は驚いたがすぐに自分もそうだったと思い出した。だがこの少年と自分とではどこかが違う。何がどう違うとは上手く説明出来なかったが悟浄はそう思った。

「でもそれ以上はあんまし教えてくれなくて『言わなけりゃよかった』なんて言い出すしさ。んな事言ったってもう遅いよ、聞いちゃったんだからさ。そんな不思議な話、どうしたって興味湧くよな?普通。沸かない方がおかしいって。悟浄さんもそう思わない?でさ、しつこくしつこく何回も訊いたらやっとちょびっとづつ教えてくれたんだ。目が覚めたら全然違う世界にいたとか、消えた時と全く同じ時間に戻ってきたとか、移動してる間の事は何にも覚えてないとか。そん時悟浄さんの事も聞いた。でも絶対に詳しい事は言わなかったなー」

それはそうだろうと悟浄は苦笑した。恐らく誰にも話すつもりは無かったのだろう。それがうっかり口を滑らせてしまい、舌打ちしながら仕方なく渋々話す三蔵の姿が目に浮かぶようだ。悟空から聞く三蔵の話は、新鮮でありながら自分が知る三蔵とも重なり、不思議な感じがした。人は時と共に少しづつ変わってゆきながらも根本的なところはそのままだという事なのだろう。

「だけどさ、何か違ったんだ。悟浄さんの事を話す時の三蔵の顔って、いつもと」

そう言って笑顔を見せる悟空に悟浄はどんな顔をしていいのか分からず、結局困ったような表情になってしまった。誤魔化そうと勢いよく吸った煙草の煙に咽て咳き込み、余計おかしな事になったが仕方あるまい。

「もし・・・もし今三蔵が生きてたら・・・会いたかった?」

訊かれ悟浄は言葉に詰まった。会いたくない訳では無い。だが三十年の空白は大きい。悟浄は正直にそう答えた。

「三蔵も似たような事言ったな・・・」

気付けば今にも落ちそうな程灰が長くなっており、悟浄は慌てて灰皿にそれを落とした。水をぐいと飲んだ悟空が躊躇いがちに口を開いた。

「・・・あのさ、実は三蔵、一回だけ会った事があるんだって。偶然見かけたんだって。まだ悟浄さんが子供だった時に、夕方の公園で。紅い髪って珍しいからすぐに分かったって」

その言葉で、記憶の片隅に置き去りにしてすっかり忘れていた光景が悟浄の脳裏に浮かび上がってきた。記憶というものは、何かのきっかけでこうして蘇ってくる事がある。一度記憶としてインプットされたものは、本人が忘れていたとしてもそれはどこか奥に仕舞い込まれているだけなのだ。
細部まで鮮明に浮かび上がってきた光景に悟浄は呆然とした。




まだ小学校にも上がってない頃だ。
陽も暮れ始めて、一人また一人と子供達が家へと帰ってゆく。
母親が迎えに来る子供もいた。
自分にはそんな母親は勿論いない。
終いには自分一人だけになった。
それでも帰りたくなくてブランコに座っていた。
漕ぐのにも疲れ、ただ座っていただけだった。
その時一人の大人が近付いてきた。
何を言われるのかと身構えていたが、結局何も言わず立ち去った。
逆光で顔は殆ど見えなかった。
でも夕陽に輝く金髪は子供の目にも綺麗だった。
あれは三蔵だ。
間違い無く三蔵だった。




「・・・覚えてる?」
「・・・今思い出した。何で忘れてたんだろうな・・・・・」
「三蔵、どんな気持ちだったのかな・・・」

悟空の視線が悟浄から宙へと移り、遠くを見る目になった。夕暮れの公園に幼い子供がたった一人、三蔵はその子供が帰らない理由を知っている。悟浄はフィルターぎりぎりまで燃え進んだ煙草を灰皿の上で揉み消した。

「さあな」

悟浄にはそれしか言えなかった。














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