| 殆ど食べられる事無く皿は片付けられ、それきり三蔵は黙して何も話さなかった。 しんと静まる部屋に悟浄はテレビを点けてみたが、平日の昼間に放送される番組はワイドショーやドラマの再放送ばかりで面白くも無い。三蔵に至っては見ようともしなかった。BGM代わりにそのまま点けっ放しにしておき洗濯をする事にする。一人暮らしでも家事にマメな方では無い悟浄にとって昨日の掃除を含め非常に珍しい事ではあったが、座っていても休んだ気がしないのなら動いていた方がまだマシだった。とは言え僅か一人分の洗濯物はあっという間に洗い上がり、出来るだけゆっくり動いてみたものの干すのも早々に終わってしまい、どうやって残りの時間を潰すかに頭を悩ませる事となった。一番いいのは外出する事なのだろうが、さすがに昨夜拾ったばかりの三蔵を一人にするのはどうかと思う。それは金品を盗まれるのではという心配よりも留守の間に手首でも切られたらという気掛かりからだった。昨日の今日でそれは勘弁して欲しい。結局何も思い浮かばず、悟浄は時間の掛かりそうな風呂掃除をする事に決めた。 洗剤をかけスポンジでごしごしと擦る。余計な事は考えないよう頭は空にして、湯船の後は床、天井、とにかく隅々まで磨いた。これだけ綺麗な浴室は悟浄が入居した時以来、いやその時以上という出来栄えだった。時間をかけた甲斐あって時刻も夕方の六時を回っている。早過ぎる感はあるが大掃除を前倒しでしたと思えばこの労力も無駄では無いだろうと思ったところで、そう言えば大掃除をした事など今まで無かったのだったと気付いた。 湯を張りつつ居間に戻った悟浄は三蔵の様子を窺ったが、相変わらず部屋の片隅で虚ろな目をしていた。 夕飯も昼食同様適当にあるものを出したが三蔵はまた殆ど食べなかった。とりあえず食事は置いて風呂に入らせる。その間三蔵は、一言も発せず無表情で言われるままに動くだけだった。 寝ているのでは無いかと思う程の長風呂の後出てきた三蔵と入れ替わりに悟浄が入る。肉体的な疲労よりも精神的な疲労に風呂の温かさは心地よく、どうにかなるだろうと楽観的な気分にもなれた。 明日は仕事でどうしたって家を空けなければならない。気にはなるが正直ほっとしている部分があるのも事実だった。自分で拾ってきたとはいえ、黙ったままの見知らぬ男と二人きりの部屋は空気が重く居心地悪い事この上無い。 悟浄が普段の二倍は長く入った風呂から漸く出てみれば、三蔵は部屋の片隅で、立てた両膝の上で組んだ腕に顔を乗せ眠っていた。近付いても起きる気配は全く見せず、憔悴しきった寝顔に悟浄はわざわざ起こす事も憚られその肩に毛布を掛けるに止めておいた。 ***** 翌朝は夜明け前の早朝に悟浄は起き身支度を始めた。三蔵は寝入ったままの姿で眠っていたが悟浄の出す物音で目覚めたようだった。合鍵を片手にメモの用意をしていた悟浄が声をかける。 「仕事行かなきゃなんねぇから。もし出てくんなら鍵はこれで閉めて新聞入れから落としといて」 その言葉に三蔵の目が一瞬揺らめいたような気がしたが、それについて考える時間は悟浄にはもう無かった。慌しく靴を履きながら更に言葉を重ねる。 「居るってんなら適当に何でも食べてて」 言い終わると同時に玄関の扉が閉まった。その扉の向こうに先刻見た三蔵の目が浮かんできたが、今日の予定を考える事で悟浄は無理やり意識の外へ追い払った。 多分今日は帰って来られるだろう。 その時に三蔵は居るだろうか。 正直、居れば煩わしいという気持ちがある。 だが、居なければ居ないで曰く有りげな三蔵の行方が気になるだろう。 結局のところ一番厄介なのは、芯から善人にも悪人にもなりきれない中途半端な自分なのだと悟浄は思った。 |