「そっか」

吸い終えた煙草を灰皿に押し付けながら、張り詰めた空気が漂う中で悟浄は言った。

「嘘じゃない!」

三蔵が身を乗り出すようにして語気を荒げたが、続く言葉は消え入りそうな程小さくなっていった。

「・・・信じられねぇのは当然だが・・・・・」
「ああ、確かにな。でもホントなんだろ?」
「・・・信じるのか?」
「だからそう言ってンだろうが」
「俺なら信じねぇぞ」
「アンタなぁ・・・。信じて欲しいの?欲しくねぇの?どっちなのよ」

いとも簡単に答えたように三蔵には見えただろうが、短い時間の中で悟浄の頭の中はめまぐるしく回転していた。
嘘を吐くにしてもこんなに突飛な嘘を吐く必要があるだろうか。
自分を騙して何の得になる。
何より、この男は嘘を吐くような人間には見えない。
三蔵の言葉を信じたというよりも、悟浄が信じたのは自分の直感だと言った方が正しかった。こうもあっさりと信じて貰えるとは思っていなかったのだろう、拍子抜けした様子の三蔵の表情はまるで鳩が豆鉄砲を喰らったようでその前の深刻な顔を思い出した悟浄は笑いが込み上げてきた。そんな悟浄に気付いた三蔵の眉間に皺が寄り、見る見る内に仏頂面に変ってゆく様を前に悟浄はついに声を出して笑った。

「俺がどれだけ悩んだか分かってねぇだろ」
「分かってるって」
「いや、全然分かってねぇ」
「じゃ、どーすりゃお気に召したワケ?」

信じなかったらそれはそれで困るのは三蔵で、ぐっと詰まった末出てきた台詞は「・・・煙草」だった。悟浄は一本取り出し咥えながらパッケージを三蔵に向かって投げて渡した。一口吸うなり三蔵は見るからに不味そうな顔をしたが、とりあえず何も言わずに吸い続けていた。

「で、帰る方法分かんの?」
「分かってたらとっくに帰ってる」
「そりゃそうだわな。ンじゃとりあえず飯にしよーぜ、腹減った」
「・・・お前と話してると深刻に考えるのが馬鹿らしくなってくる」
「なるようにしかならならねぇんだから、考えるだけ損ってモンだろ。あんま悩むとハゲるぞ」

自分がもしそんな状況に陥ったらと悟浄は考えたが全く想像出来ず、内心の当惑や悲嘆はどうかは知らないが僅か二日足らずで自分の置かれた状況を受け入れたように見える三蔵に興味を覚えた。




遅い夕飯を食べながら悟浄は目が覚めるまでの事を三蔵に訊いた。三蔵は猛烈に眠くなり少しだけと横になった後起こされるまで何も感じなかったと言い、この現象の原因も解決の糸口も分からずじまいだった。とりあえず、何時とも知れない帰れる日まではこの家に居る事になり、ここで三蔵は「タダ飯を食わせて貰う謂れは無い」と言い張った。とは言え、今この世界に存在しない筈の三蔵が出来る事は知れており、結局家事担当という事で話は落ち着いた。悟浄としては自分の事さえ自分でやってくれれば後は何もして貰わずとも別段気にはしないが、その方が三蔵も居やすいのだろうと了承したまでだった。
何かに、誰かに、期待するのはもう随分前に終わりにしていた。望まなければ失望する事も無い。かつて何度も打ちのめされ、それでも必死に手を伸ばし続けた自分は何と滑稽だったろうと悟浄は思わずにはいられなかった。
ぼんやりとしていた為に三蔵が黙ってしまった自分を見ていた事に気付くのが遅れた悟浄は少々慌てた。

「あ、っと悪ィ。何か言った?」
「・・・いや」
「そ?言いたい事があったら溜めずに言えよ?」
「・・・・・・・」
「余計な気ぃ回しちまうからな」
「・・・ああ、お前もな。だから出ていって欲しい時ははっきりそう言ってくれ」

ここを出たところで何処にも行く場所を持たない三蔵の言葉に、悟浄は自分の沈黙が勘違いさせたのだと気付いたが「分かった」とだけ答えておいた。

こうして悟浄と三蔵の同居生活が始まった。














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