短い秋は駆け足で通り過ぎ、長い冬が白い使者と共に静かにやって来た。道路にも木々の枝にもうっすらと雪が積もっている。今はまだほんのり雪化粧といった景色だが、やがてどこもかしこも白に覆い尽くされそうな程積もることだろう。
季節が変っても悟浄と三蔵の共同生活には何の変化も無く、概ね上手くいっていると言えた。概ね、というのは頻繁に起こる言い争いを除けば、という意味である。それでも悟浄は仕事が終われば必ず帰って来、三蔵も家に居る事を考えればやはり上手くいっていると言って差し支えないだろう。
そんな中、ある日ちょっとした出来事が起こった。




     *****




タイヤと道路との摩擦熱でシャーベット状になった雪を跳ね上げる音が車内にも聞こえた。こんな状態の道路は滑りやすく油断するとスピンすることさえある。焦る気持ちを抑え悟浄はハンドルを握る手に力を込めた。
朝、嫌な咳をしているなと思っていたら、帰って来た頃には案の定三蔵は高熱を出していた。至って普段通りに振る舞っている素振りの三蔵は明らかにおかしく、強引に手首を捕まえてみれば異常なほど熱かった。病気とは殆ど無縁で身体の頑丈さには自信のある悟浄の家には体温計や薬の類は置いておらず、とりあえず三蔵を布団に押し込め悟浄は家を飛び出してきたのだった。
開いている薬局を探すが、夜の十時を過ぎたこの時間当然どこも閉まっている。深夜まで営業の大型ショッピングセンターまで行けばあるかも知れないがここからは一時間近くかかる為、悟浄は引き返し個人経営の小さな薬局の閉まったシャッターを叩いた。迷惑そうに出て来た主人に頼み込み、必要なものを揃えて貰う。帰り際、「あんまり熱が高いようなら救急病院連れてった方がいいよ」と声を掛けられた。
出来るものならそうしている。
内心思いながら礼を言って悟浄は店を出た。三蔵は居ない筈の、いわば幽霊と同じ存在である。保険証が無いだとか高額な治療費だとかそういった問題では無い。三蔵は自分の痕跡を残す事を極力避けていた。故に外出も食料品や日用品の買い物に限り、殆ど家の中で過ごしていたのだった。病院に連れて行けばカルテが残る為三蔵は決して了承しないだろう。
玄関に靴を脱ぎ捨て奥の部屋へと悟浄は入った。三蔵は依然高熱のままうつらうつらとしている。熱を下げる処置をした後は、医者でも無い悟浄に出来る事はたかが知れていた。浅い眠りから目を覚ます度に脱水症状をおこさぬよう水分を摂らせる。
その度に、

「大した事は無い。お前も寝ろ」

と三蔵は掠れた声で言うのだった。
だが、悟浄は薄明かりの中目を覚ました三蔵の眼が右へ左へと揺れる事に気付いていた。それは何かを、誰かを、探しているように見えた。今の三蔵にとってどんな名医も役には立たない。三蔵が何を探していようと、誰を探していようと、また三蔵が望む望まないに関わらず、今この世界に三蔵の傍にいられるのは悟浄唯一人だけだった。




     *****




薄い毛布一枚に包まり座ったまま眠っていた悟浄は寒さで目を覚ました。身震い一つした後、傍らの三蔵の額に手を当てると平熱とまではいかないが、昨夜に比べれば格段に下がっていた。触れられた感触に三蔵も目を覚まし、悟浄に気付くとあからさまに不本意という表情を浮かべ「さっさと仕事に行け」と悪態を吐いた。いつもなら悟浄も応戦し確実に一悶着となる場面だったが、今朝に限ってはそんな気分にもなれず、悟浄は苦笑しただけに終わった。
小さな会社で急な休みに対応出来る人員はおらず、仕事に穴を空ければ最悪取引停止も有り得る。支度を始めた悟浄が鏡の向こうに見た顔は寝不足そのものだったが、気分的には晴れ渡り、身体の方もいつもより軽く感じる程だった。

「じゃあ、行ってくっから」
「だからさっさと行け」
「相変わらず可愛くねーの」
「思われたくねぇよ」

がさつく声の憎まれ口を背に悟浄は玄関を出た。初冬の朝の空気は冷たく澄み切っており、肌も気持ちも引き締まる。空は高く、今日の天気の良さが窺えた。晴れは間違いなさそうだった。


この日を境に悟浄の中で何かが変っていった。














・7 ・TEXT ・TOP ・9