悟浄には今まで友人と呼べる人間はいなかった。だからと言っていつも一人でいた訳では無い。逆に周りには溢れていたと言って過言ではない程、常に男でも女でも何人もいた。ただ彼等はその場しのぎに過ぎなく、その時その時が楽しければ、暖かければ、それで構わなかった。誰にも本心を見せず心を開けなかった悟浄には、せいぜい知人止まりの相手しか出来なくとも仕方無い事であり、悟浄とて望んで殻に閉じこもっていたのでは無い事を考えればどちらが悪いとも言えないだろう。勿論真に友人と呼べずとも彼等に頼まれれば引き受けてはきたし、例えそれが報われない結果に終わろうとも期待が無い分何の落胆も無かった。悟浄の中で、未だ知らぬ友情も愛情も想像するに大差なく、違いがあるとすれば相手が男か女か、つまり寝るか寝ないかの違いだけであった。




     *****




悟浄が三蔵から受け取り損ねたカップは、床に落ち派手な音を立てて割れた。「これが最後だ。次割ったら茶碗で飲め」と三蔵に言い渡されたのはつい昨日の事で、その茶碗も既に先刻割っていた。元々そう多くは無かった食器類がここ最近悟浄によって次々と減っている。新しいものを買って来るまで御飯は皿で、コーヒーは我慢するか、歯磨き用のコップでという事になるだろう。
数日で風邪が治った三蔵と入れ替わるように今度は悟浄の様子がおかしくなっていた。口数は少なく、ぼうっとしている事が多い。砕け散った破片を拾い集め始めた悟浄の前に回った三蔵が悟浄の顔を覗き込み、不審そうな視線をぶつけてくる。

「お前、どっか悪いんじゃねぇのか?まさか移ったとかじゃねぇだろうな」
「え?あ・・・いや、別に・・・。何ともねぇけど・・・ただ・・・・・」

歯切れの悪い悟浄の口調に業を煮やした三蔵の手がすっと伸びてきて悟浄の額に触れた。動けずにいる悟浄に向かって、

「少し熱いか?ここは俺がやるからとっとと寝ろ」

と言い放ち片付け始めた。『熱なんてねぇよ』『何ともねぇって』思うだけで言葉としては出て来ず、悟浄は黙って大人しく隣室のベッドへと倒れ込んだ。突っ伏した布団に顔を埋め「あ゛ー、うー」と呻いてみる。無意味な呻き声は布越しに伝い耳にくぐもって聞こえた。
いつもの調子が出ていない事は悟浄自身気付いてはいたが、仕事には何の影響も無く、指名で依頼は入るし新たな取引先も増えてすこぶるつきの絶好調であった。となると、必然的に原因は私生活に限られてくる。

「布団は掛けるもんであって敷くもんじゃねぇぞ」

片付け終わったらしい三蔵が入ってきた。悟浄は起き上がりその三蔵に向かって訊いてみた。

「・・・なあ」
「あ?」
「アンタさ、いつか、いつかは分かんねぇけど、帰れると思う?」
「・・・さあな。俺が決められる事じゃねぇからな」
「まあな・・・」

悟浄が本当に聞きたかった事は微妙に違っていた。
(帰りたいと思っているか?)
そう聞けなかったのは、三蔵の答えを恐れた自己防衛の為だと思われた。今や三蔵は単なる居候や同居人では無く、悟浄にとって何らかの情の対象人物となっているのはもはや疑いようがなかった。
ただ、未だかつて一度として同性に性的興味を覚えた事がない悟浄には、恋や愛といった感情に結び付くなど有り得ない話で、消去法で考えると残るは友あたりだろうと推測した。有り得ない話と言えば、三蔵のタイムスリップの方が余程有り得ないのだが、それをすんなり受け入れた悟浄であったとしても、自身の事となると勝手が違うらしい。得てして自分の事はよく見えないものである。

「明日は早いのか?」
「んー、六時に起きりゃあ間に合うかな」
「帰りの話だ」
「へ?え、何かあったっけ?」
「何も無ぇよ。訊いちゃ悪いのかよ」
「いやそうじゃなくて珍しいと思ってよ。あー、っと何時になっかな。そーだなー・・・」

悟浄が考えている間に三蔵は布団の中で既にうとうとし始めていた。三蔵の寝落ちの早さは、ついでに言えば気の短さも把握できていた悟浄は返事で起こすような真似は避けた。
ジェットコースターのように激しく上下する気分に少々疲れ、悟浄も着ているものを脱ぎ捨て布団に入った。

どんな情であろうと、初めて持った感情に戸惑っている悟浄だった。














・8 ・TEXT ・TOP ・10