拡げた掌に何も残っていない事は知っている。
この掌に掴んだ事があるものは<擬い物>という事も知っている。
Days −掌に−
ひたすら西を目指す中、暫しの休憩。
先は急ぐが運転する八戒、ジープに休憩は必要だ。
今ごろ悟空は八戒に食い物でも強請っているだろう。
悟浄は一人、他から離れ掌を見詰めていた。
自嘲の笑みを浮かべた後、当初の目的であった煙草を取り出した。
「シケた面してんじゃねぇよ」
仏頂面の三蔵が同じく煙草を咥えて歩いてきた。
「気に入らねぇなら来んなよ」
「火が無ぇんだよ」
眉間の皺を増やしながら三蔵が手を出してきた。
先に自分のに火を点け、ジッポを放る。
無言で受け取り用を足した後、やはり無言で放り返される。
礼の一つも無いのはいつもの事なので悟浄も無言で受け取る。
横目で三蔵を見た。
煙草、飲酒、賭博、殺生もする。
口も悪いし、態度もデカい。
良いのは容姿だけか。
認めるのは悔しいがそれは事実だ。
そんな事を考えていた悟浄に、
「見てんじゃねぇよ」
と容赦なく三蔵が真正面を見たまま吐き捨てる。
恐らく視線の先は遥か西だ。
「鋭いねぇ、自意識過剰?」
舌打ちと睨みだけの返事。
『第三十一代目唐亜玄奘三蔵法師』などという御大層な身分だが、自分の目の前にいるこの男は単なる人間だろう、と悟浄は思う。
確かに経を上げる三蔵はそれなりの迫力はある。
だが徳の高い坊主はもう少し慈悲や寛大な心を持っているはずではないのか。
いつもこんなに仏頂面でいられたら有り難いものも有り難く感じないではないか。
悟空に言わせると「三蔵だって偶に笑うぞ!物凄く判りづれぇけど!」らしいが、悟浄には判らない。
悟空にしか判らない笑みを見たい訳ではないので構わない。
「何でそんなにしょっちゅうライター落す訳?」
三蔵の眉間の皺がまた増えた。
「知るか」
「アンタ、うっかりし過ぎだから」
悟浄の言葉に三蔵の機嫌が急降下していく。元々良い時など殆ど無いが。
それでも自分の傍にいるのは続く二本目の火も必要だからだろう、と悟浄は思った。
「首からぶら下げとくってどうよ」
自分の言葉に不機嫌度が増す三蔵が可笑しくて更に挑発した。
案の定三蔵はキレた。
「もうてめぇからは借りねぇよ!」
悟浄はサラリと返す。
「八戒も悟空も吸わねぇけど?」
三蔵が隠し切れなかった悔しそうな顔を見て悟浄は笑いを堪えた。
隠そうとはしたが肩が震えているのが自分でも分かる。
いつもより長く吸っていた三蔵の煙草ももう限界だった。
腹立ち紛れに地面に投げ捨てた煙草を三蔵は力一杯踵で踏み潰している。
悟浄が今度は火を点けたジッポを三蔵の前に出してやる。
「それともコッチにする?」
先に吸っていた自分の二本目の先を悟浄が揺らす。
盛大な舌打ちの後、三蔵は二本目を咥えジッポから火を点けた。
悔しくとも煙草は止められない。
火が無くては煙草は吸えないのだ。
これ以上挑発すると銃を出されるので止めておいた。
こんな処で銃声などしたら後の二人が敵襲かと駆けつけてくる。
自分の悪戯だと判れば八戒に何を言われるか分かったものではない。
お互い無言で煙を吐き出し続けた。
ふと悟浄は八戒との会話を思い出した。
何故あんな事が頭に浮かんだのか自分でも判らない。
もし。
もし、自分がこの男を追いかけたとしたらこの男はどんな顔をするだろう。
怒るだろうか。
呆れるだろうか。
自分はその顔を見たいが為にそうするのだ、単なる好奇心だ、と思う事にした。
また悟浄は掌を見つめた。
拡げた掌に何も残っていない事は知っていた。
この掌に掴んだ事があるものは<擬い物>だった事も知っていた。
それで良い。
本物など欲しくはない。
自分は求めない。
臆病者と嗤われても。
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